「えー、お泊まりデートなの?」
「しぃっ、そんな大きな声で言わないでよ、もう。」
「聞いてないわよ、彼とどこいくのよ。」
「温泉・・・彼が土日仕事だから、このあと仕事あがりの彼と合流して、そのまま旅館に行くの。」
智美は少し恥ずかしそうに照れながら白状した。
「いいなぁ、彼と二人っきりでしっぽり温泉だって。ねえ、混浴なんでしょ。」
「・・・やだ、そんないやらしい言い方しないでよ。」
照れている智美の顔が、ますます赤くなった。
「これからみんなで食事に行けたらいいなって思ったけど、お泊まりデートなら仕方ないか・・・。直子はこの後どう?」
「私は大丈夫よ。そのつもりで来たから。この近くに美味しいイタリアンのお店があるんだけど、一緒に行こうよ。」
「イタリアンいいねぇ、真由子は行ける?」
「ごめん・・・家に帰って、ダンナと子どもにご飯を作らないといけないから。」
「そっかー、それじゃあ仕方ないか。今夜は直子と二人で飲みに行こうか。また4人で飲みに行ける時があるといいな。」
里佳は少し残念そうな声で言った。
真由子は3人と、少しだけココロの距離が離れてしまった感じがした。
そういえば、この仲良し4人組のメンバーで最後に飲みに行ったのは、何年前だろう。
息子の陽介が生まれる前だから、もう3年以上も前のことだ。
行けるなら、私もこのあとみんなと食事に行きたい。
何時間も居座らなくていい、ただディナータイムに、ワインを一杯味わうだけでもいい。
でも、今日のお茶会だって、夫の雅也に何度もお願いして、なんとか陽介の面倒を見てもらって、やっと抜け出して来られたのだ。
楽しい時間のはずなのに、この後のことが頭に浮かんできて、ココロがずっしりと重くなっている。
高校時代からの仲良し4人組との、何気ない会話。
でも、私はそろそろ帰らないといけない。
家で晩ごはんを作る約束をしているのだ。
いつも楽しい時間は、あっという間に終わってしまう・・・
知らない間に「ふぅーっ」っとため息が出た。
「どうしたの真由子?」
「ううん、なんでもない。」
里佳が気遣って声をかけてくれた。
でも今考えていることを、3人に話すつもりはない。
話したところで、よくある主婦の苦労話にしか聞こえないだろうし、独身の3人にはピンとこないだろう。
里佳と直子は、これからイタリアンのお店に行って、きっと終電近くまで飲みながら話を続けるのだろう。
智美は、彼氏とお泊まりデートで、温泉に入って、美味しいものを食べるのだろう。
お泊まり・・・考えてみれば、もう何年も雅也と泊まりがけで出かけたことなんてなかった。
「じゃあ、私そろそろ帰るね。」
「子育て、頑張ってね!」
自分の分のケーキセットの代金を机の上に置いて、みんなに手を振られながら、喫茶店を出た。
帰りの電車の中で、智美がいっていたお泊まりデートという言葉がアタマの中でこだまする。
最後に雅也とお泊まりでデートしたのは何年前だろう?
そうそう、結婚をする1年前のことだ。
たしかドライブしながら山奥の温泉郷まで行って、雅也が予約してくれた旅館なのか民宿なのかわからないような安宿に泊まったのを覚えている。
薄暗くて落ち着かないお風呂で、料理もとりたてて豪勢なものはでなかったけど、二人でいると楽しくて、あっという間の一泊二日だった。
あの日の夜、雅也の胸の中で、このままずっと一緒にいられたらいいのにって願いながら眠りについた。
そういえば、結婚生活って「毎日がお泊まりデート」みたいなものだなと思いついて、電車の中で自虐的に苦笑いをしてしまう。
・・・あのときの願いが叶ったのに、なんでこんなに胸が重く苦しいのだろう。
高校時代からの仲良し4人組、私が独身だった頃は、年に何回も会ってみんなでよく飲みに行った。
「きっと4人の中で真由子が一番最後に結婚するよ」なんて言われていたけど、30歳を手前にして結婚しているのは今のところ私だけだ。
3人からは「うらやましいなぁ」「私も子ども欲しいなぁ」「真由子は勝ち組だね」なんて言われたこともある。
そんな風に言われて、ココロのどこかでちょっとした優越感を感じたことも正直あった。
でも現実はどうだろう。
独身の3人の方が毎日を楽しそうに、そして自由に過ごしているように見える。
一方で勝ち組と言われた私は、子育て、家事、仕事に追われて、自分の時間をとることはほとんどできない。
今日のプチ同窓会だって、「日曜日ぐらいゆっくり休ませてくれ」という雅也に頼み込んで、1年ぶりにようやく参加できたのだ。
電車の窓から真っ赤な夕陽が沈むのが見える。
ちょっと気を緩めると涙が出てしまいそうだ。
幸せっていったい何だろう・・・そんなことを考えていたら、最寄りの駅に着いた。