お久しぶりです。

 

2日に試験が終わって夏休みが始まって9日も過ぎてしまっていました。

 

毎日が一瞬でした。

 

2日から夏休みとは言っても4日までは指導教授の研究室に通い

土日と平日の一部はアルバイトといった感じでした。

 

今は指導教授がお盆で帰郷されているので28日ぐらいまでが正真正銘の夏休みでそのあとは毎日大学です。

来年の4月に教授の学会報告で使いたいそうで夏までにデータを仕上げなければなりません。

 

大学も今日から21日まで完全に封鎖され図書館すら相手はいません。

 

なので昨日は図書館に行き図書を借りられる分だけ借りて借りきれなかった分は府立図書館とかに行きます。

 

京都の図書館は大学の付属図書館以外は自習室はありませんし場所によったら机すらありません。本当に本が置いてあるだけ。

 

自分もスリランカで報告する論文もどきと卒論のテーマと参考文献をあつけなければいけないので毎日毎日本を読んでいます。

 

大学の書評大会にも応募する約束もあります。

28日までにはメールでたたきを送る約束です。

全くもって自信はありませんが出さなければいけない。下手なものもをだすわけにはいきません。自分の指導教授以外にも沢山の学部の教授たちが呼んで選考しアクセプトされます。

いわば教え子の品評会といったところでしょうかね。

ここで下手打つわけにはいかない。

恐怖です。

さらに、

秋学期の後輩たちのゼミで輪読で使用する図書の選書作業に自分のセメスタンの輪読図書の選書もあります。

 

選書したものをまとめてレポートにして教授に提出です。

 

後輩たちようはあらかた選書候補が出そろい今から読んで絞っていくぞっていう段階で

初めに小手調べといったところで軽い古典の読み物でこれぐらいは読んでおけよってものを数冊用意したのとゼミの内容を理解するのに必須の知識として世界史、西洋史、経済史、思想史あたりの一般向けの教養書を数冊。

もっと踏み込んだものは用意しない。

まだ本に慣れてほしいのとレポートを書く練習も兼ねているのでレポートが書きやすくお手頃価格で分量もそこそこの物を用意。

 

最終的には教授にレポートを出した後に呼んでもらって書評をして採用されるか来まる。

しっくりこなければいつもどうりの教材を使うまで。

 

自分たちが輪読するもののほうが圧倒的に難しい。

 

留学から帰ってきた人があまりにもって感じでレベルが違いすぎるのだが留学帰りという事もあって乏しいだけでも知ってて当たり前だから言わないことをべらべらこんなことも知らんのかよみたいなテンションで話を長引かせるから厄介。

その子に合わせると完全にしょうもなていうことになるしこちらに合わせると相手は理解できない。

 

厄介すぎる。英語喋れても知識と書く能力がなければおしまいだなって強く思った。

 

教授のあの白けた顔とあそこまで馬鹿にしたような表情は一生忘れないだろうな

 

教訓としてね。 あんな顔をさせないようにしなければなって思う。

 

そんなこんな思うのだが

 

大学の友人たちが全員海外に長期留学に行ってしまった。

 

もう半年は確実に帰ってこない。

 

最近は3回のこの時期に休学して慌てて留学する人の多さといったら

 

留学至上主義。

 

糞くらえ。

 

私は意図的に友人でもない同期と会話するときなどは無関心でいることを意識している。

興味を持たない事にしている。

 

前に教授にばれて説明したことでもあるのだが

 

親の金でしかも休学して10か月の留学の費用を向こうの学費と生活費で250万~で休学中の学費60万を全額親に払わせて留学ではなく遊学をしに行く。

 

全員がそうではないにしろ私の大学の友人や留学委員の委員長をしている教授に会いに来る学生は皆そうだ。

 

金持ちのボンボンやお姫様。

 

住む世界の違う人たちだ。

 

交換留学であっても同じセメスタで飛び入りしてくる子は10か月カナダに留学していたが

 

向こうで授業にほとんどついてこれずで金銭感覚が狂い向こうで遊びまくって単位も知識もほとんど取得できずできたのは日常会話ができる程度の会話能力。

文章は書けないはアカデミックな会話は一切できない。

単に自己主張と権利を主張し、日本を比較していかに向こうが優れているのかを列挙するのみ。反論されたら英語もしゃべれないくせにって言ってくる。

 

帰ってきたら向こうでこんなもの食べただの遊んだとか見に行ってきたとか遊びの話だけ

勉強の話は一切出てこない。

 

参るんだよ。

 

金積めるだけ積んで遊学に行って英語でのレポートひとつもかけないのに大きな顔をされるもんだから

 

無関心で対応をしている。

 

日本でも十分英語能力は向上するし、ちゃんと準備をしていかないと意味がないのになって強くは思うが本人にも言わない。

 

自分はちゃんとステップアップのために留学に行きたい。

 

お金を積むのではなく実力や知識を積んで次の高いステップに行きたい。

 

勿論その方が時間もかかるし、周りからは馬鹿にされたり、むやみやたらに異文化交流ししないと損だとか今しか時間はないのだからとか助言してくるから

 

無関心でいるようにしている。

 

勿論自分自身は今すぐにでも日本から出たいし留学なり遊学もしたい

 

行くだけででかい顔して歩けるんならなおさら

 

日本には出たら二度と戻ってくるかよって思っているが

 

日本に帰ってこなくてもいいように今のうちに力をためている。

 

その件では教授とも何度も話している事でもある。

 

第一自分で金払って海外に語学留学という考えがない。

 

スリランカも8日間行くことになったがお土産代とビザ代以外は大学持ち

 

交通費、食事代、宿泊費、観光費用は大学持ち。

 

そのほかにも補助金と給付型の奨学金が降ってくるように

その分論文に全力を出す。

 

それが一番賢いだろう。

 

もう向こうのスリランカでの一切の面倒を見てくださる教授とは親しい。

 

自分の行きたい場所をリクエストしまくっている。

 

なのでほとんどが私の行きたいところになっている。

 

ほかの人は全く知らない。会ったこともないから一歩先に出ている。

 

しかし、日本での管轄の教授は二人いてA先生とB先生としてA先生は自分のゼミ生を沢山このメンバーに入れていて

他のゼミ生である私の論文がアクセプトされることがなくなってしまった。

 

出来がどうであろうがA先生は自分のゼミ生に発表をさせて経験を積ましてあげたいとか馬鹿な事ほざいていたし。もう一人のB先生はそんなA先生とゼミの教え子のやり取りや意欲を見てメンバーには内緒で知っているのは私だけなのだがスリランカに行かないと言い出して決定事項になった。

なんやそれといった感じ

そのB先生のつてでスリランカの研修が成り立っているのに本人が来ないとはどういうことなのだろうかと思うがこの情報をもたらしてくれた指導教授曰く、この行為はB先生のお家芸なんだそうだ。

最後にメンバーが所属ゼミでメンバーが対立しないようにくさびを打つ感じで必要もないグループを作らされて論文のテーマにもかすりもしていない所に配属になり面倒を見る羽目に

 

幸いグループには4回がいるので就活も終わっているそうなんでその人に丸投げ。

 

第一、そのゼミ生たち現段階で全く持って課題をこなしていないどころか先生たちからのメールの返信すらできていない様子なのでそんな奴らの面倒任されたら速攻逃げる。

 

もう情報を知りすぎて不安になる一方でうまくいく要素が何一つない。

 

自分自身もスリランカの論文は投稿はしないそうなのでほどほどにという感じです。

 

そんな状態でアクセプトされても困るからならないとわかっていてもほかの人と同程度位なるようにという方向に全力を出したらいいかなって

自分は卒論に意識を傾ける必要があるし。

 

めんどくさいです。

 

しかし。教授が帰郷されて一週間ほどたち

 

教授の研究のお手伝いというのは何とも光栄な仕事でもあるんだなって痛感する。

とても贅沢な時間でもあり、有限である。

 

その道のプロで極めている人を独占して同じ部屋で作業しながらいろいろなことを教えてもらえる。

 

こんな光栄なことはないなって自分で図書の選書をしたり勉強していて痛感する。

 

近くに教えてくれる人がいるという事はなんとも贅沢なことなんだろう。

 

しかも研究室で作業しながら勉強さして頂いている身なのにバイト代までもらっているなんて

 

少し距離が空いたからその有難さ。

 

なんて恵まれているんだろう。って思います。

 

そういうところでは大いに恵まれている。

 

自分はもう就職はしたくはないと考えています。

 

大学院でもっともっと勉強したい。

 

家の状況を考えたら大学を学士で卒業したらすぐにでも就職して働かなければいけない状況であることも承知していますし、今すぐにでも家を出なさいと言われる。

 

今はなんせバイトだけでは生きてはいけない。

日数を減らさざる得ない。

将来のための貯金もままならない。

 

それでも勉強がしたい

 

常に思うのは父親を見ていて人生は何があるのか全く分からない。

 

それであるのであれば

 

思いっきり自分の好きなことをやり切ろう。

って思うところはあります。

 

やり切ったらその場で死んでもいい。

 

やたら長く生きて周りに迷惑をかけて周りの人生を左右しかねないなど自分はなりたくはない。

この世に執着しすぎることはよくない。

 

そのせいで貧しくても自分一人生きていくことはできます。

 

実際、日本社会は働いても働いても収入が増えることはまずありえない世界です。

 

働いてもそんなもんであれば好きなことを好きなだけやってからまだ未練があるのではアルバイトしたらいいのですから生きる分には困りません。

 

さらに、奨学金は本人がなくなった場合は親族などには返済義務はありません。

 

それもあるかなって。

 

後先は今考えてもどうせ狂う

 

いつもどうりです。

 

自分の思いどうりになる事はほとんどありませんし、自分で選択したことは間違ってはいなかったって大声で言えますが私の場合は自分が引き起こしたことでも何でもない他人のせいで今まで人生が左右されて人生を無駄に消費せざる得なかった。

 

今からは自分のために家族ももう私の事を家族とは思ってはいませんし、親族も同様です。

 

自分のために自分を高く評価してくれる人のために生きる。

 

そう思ってる。

 

親族や家族は私に対する風当たりは相応強く理不尽で常識から外れています。

 

一番最低なのはお金の問題です。

 

もう勘弁してほしいものです。

 

教習所に払った入所金と授業料合わせて約30万でもめていて

父のいうことは父の親族にとってはそれが間違っていようが逸脱していようがそれが真実になります。

父が嘘をつくわけないっていって

認知症に嘘も本当もないのに

 

父は教習所代30万を全額出したと言い張ります。

親族もそれを信用してそういいます。

しかし真実は

私が父からなんで出さなきゃいけないんだよと悪態付けられ

 

自分で1年間アルバイトしてためていた将来の軍資金から30万出して払ったもので父からは一切受け取っていない。

 

貯金通帳も30万引き出しているのと領収書もきちんと保管しているからこっちには証拠は全部残っている。

 

しかし、父や親族はお前の教習所のお金は出した。

 

二十歳にもなって親に出させるとか何とかいって全額返済しろとかわけわからないことも言い出す状態で

 

あきれ返るし、相手は何一つ証拠を出してこない。

 

あるわけないんですよ。渡していないから

 

前々から記憶がなくなることで金銭問題が起こるかもしれないと高校2年からすべての自分で買い物したときのレシートは保管しているのですがこうなるのがもっと先だと思っていました。

 

是非とも親族の皆さまと父に

今放送している過保護のカホコを見てほしいものですね。

 

それが私の周りのスタンダートであり常識なのですよってね。

 

私が異常なだけであって私の一番の親友も友人たちもカホコそのものですよ。

 

高校の友人たちはカホコを上回っていますがそんな世界で生きているんですよってね。

 

時代は変わりましたよって。

 

男子大学生の親が自分の子供がちゃんと大学に来ているのか本人に電話しても出ないからという理由で大学の学部事務所やゼミの教員の研究室の電話番号に親が毎日のように電話してくる世の中ですよ。

何か大学で問題が起こったら子供が対処するのではなく親に来てもらって対処してもらうとかいう生ぬるい考えの人ばかりです。

親も遠方からわざわざ自分の子供を特別あるかいしろって本人に非があるにも関わらずにですよ。

そんなのを目の当たりにするのですよ。

 

普通の考えではありえないことですよね。

 

一昔前でもそこまでといった感じなのでしょうね。

 

でも今の社会では子供を大学に行かせるのは並大抵のことではありません。

賃金は下がる一方で大学の入学金や授業料といったものは50倍にも跳ね上がり物価も4倍にまで上がったにも関わらず平均も中央所得値も私が生まれた1996年から150万も低下しています。

 

そんな世の中である一定の学力のある私大に通わせるという事は思いもひとしおだと思うしその分思い入れが強くなる事は当たり前でしょうね。

 

お金払っているんだから他の子より自分の子

 

自分の子が良ければ他の子はどうだっていいいむしろ自分の子には他の子たちを利用して苦労せずに成功してほしいいそう思う親御さんを大量に見てきましたし当の本人も自分はそうしてもらって当たり前みたいな感じで親の隣に踏ん反りかえって座っている光景もざらです。

 

そこまで求めているわけではないが

 

もうちょい

 

親らしいことを親族らしいことをしてほしいものです。

 

父はあれからまた生活レベルが落ち

 

トイレにトイレットペーパーではなくティシュをわざわざ取ってきてそれを使い流していて毎日のように詰まらせるので我が家ではティシュがなくなりました。

あるまで探し続ける見つけたらなぜ隠しているんだと感情のコントロールがないままに騒ぎ立てまくる。

 

それにお風呂に入るとかも概念が消失し始めており、一番入らなきゃいけない季節なのに2日に1回はいるだけとか

選択も来たものをにおいがしても汚れいようがお構いなしてき続ける。

 

もう私は注意は何一つしません。

 

そんなことに時間を割くなんてばかばかしい。

 

善意で注意しても怒鳴り散らされるのであるので

それであるのであらば

 

私には何一つ害は発生していないので放置です。

 

くさいので近寄りませんし、夜も遅いので生活も合わないので話もしません。

 

どうせ私には理解できませんし。

 

自分のテリトリーは侵されないように自衛していますし大事なものは家に置かないようにしています。

 

部屋も必要最低限の物だけでそれ以外は持たないようにしています。

 

いつでも逃げれるように身軽にしています。

 

そうしておかないと何があるかわかりませんから

 

予防するのが一番で誰も大学を一歩出たら後ろ盾がありませんから自衛するしかありません。

 

関わりを最小限に抑える以外に方法はありません。

 

家族や親族は血のつながりはあったとしても他人として扱わないと自分が単に都合のいいように利用させて消耗品としか思われていないので使い切ったら捨てられる。

 

祖父母はお前のためにってよく言うが結局は自分のために私を利用しようとしているし

仏様に毎日祈っているとかほざいているがそんな事何一つ意味はなく助けにもなっていないし単に自分たちがしていることに罪悪感持っているから自分たちだけ死後で助けてもらうためにやっている自己満足の行為に他ならないし、必要があればお金も出すとか言っているけど

教習所のお金のように言ってくるから信用ならないし、だったらっていってみたらなかなかお金出さないし、甘ったれるなっていってくるんだから

爆笑ものである。

 

年よりは嫌いだ

 

都合のいいように真実を何でもかんでもいがめて自分のきれいな思い出にするし、自分の非は全くもって認めないどころか人のせいにして正当化するし、権利ばかり主張する。

 

それに認知症と障害が掛け合わさると・・・・・・

 

生きている意味あるの?って本気で思う。

そんなに人様に迷惑かけるだけでなく、子供の将来踏みにじって無用な苦労しいてまでいきる 必要あるの。

それだけ価値があるとは思えないんだけどって

 

父を見るたびに思う。

 

前に父よりも重度の認知症要介護5の母親を介護している60代の人に話を聞く機会があったのだが

 

その人が

 

今すぐ日本も安楽死を合法にしてほしい。それか銃社会にしてほしいって言っていた。

 

その時は何てこと言うんだろうって思っていたけど

 

今はその人の気持ちが痛いほどわかる。

 

親の姿を見ているのもつらいし、楽にしてあげたいとも思うようになる。

介護者も親のせいで寿命も確実に短くなっているし、理不尽でなんともやりきれない気持ちになるし、むなしくなることは日常茶飯事になってく。

それに相手はケガするとか下限をするという事はなくなるから容赦がなく本能むき出しで生活をしている人と一緒にいることは本当に頭がおかしくなる。

ケガも絶えないし、この暑さの中エアコンが家にないっていうのもおかしい。

自分の部屋はエアコンないし設置しようにも金額がかかりすぎるしせめてリビングの奴をきれいなものに取り換えようといっても父がお金がかかる電気代がもったいないとかほざいて

買い替えを許さない。

自分はリビングには全く足を踏み入れないので自分のアルバイト代で6万も出してエアコン付けてあげる気にはならない。

という事で日中は避暑をしに行っているのだが

今は大学がないので教習所に行くとか図書館に行くとかしても

やっぱり自分も好きなことは十分にできないという事にはストレスも感じるし居場所がなくなっているから常にきを張り詰めているような気がしてならない。

 

勉強は涼しくなる夜にするのが日課だし、自分も暑さには強い体質なのでエアコンがなくても生きることはできても勉強は全くできない。

 

もう少し父の頭が正常な時にエアコンを買い替えるのと新しく設置しておけばよかったと後悔するばかり。

 

自分の部屋は近いうちにスポットエアコンか送風機みたいな物を買うことを検討しているが

金銭的余裕が全くないのが実情。

 

勉強に必要なものが多いし、買うものも多い。

 

エアコン買うのであればレッツノート買いたい。

 

周りの同期や友人たちが羨ましくて仕方がない日々。

 

しかし、自分のやりたい事をやる環境としては恵まれている。

 

2つとも手に入れる事はできないのであろうかそんなことを考えている日々である。

 

20日になれば大学が解放されるのと教授が帰ってこられるので何とかまた生活ができそうなのだが

それまでに仕上げておかなければいけないものをしあげて教授に出さないとな・・・

 

全く夏休みをエンジョイできていないのがなんとも残念で仕方がないがそれも運命といったところでしょうかね。