2018年後半ごろから、ユダヤ人との関わりが多くなった。
ユダヤ人の知り合いが出来たわけではない。
講演会などでユダヤ人関係のテーマがとても増えたこと・・・
友人に教えてもらった”El último traje”を始めとするユダヤ関係の映画の数々・・・
マドリードでは、怖いので絶対に行くはずがないと思っていたアウシュビッツ展・・・・
もともと10月に終了だったものが2月まで延長したらしい。
何でも、スペイン人はアウシュビッツへの旅行者がとても多いらしいが、
開場前から大勢が並んでいるとは驚きだった。
難しい単語が多くて中々先に進めなくて、あさイチに入場したのに、四時ごろまでかかってしまった。
その晩からしばらくは、暗いところに収容所の服の残像が見えて怖かった。
展示の最後に、生き残った方々のビデオメッセージがあった。
彼らが共通して発しているメッセージは、「多様性を受け入れること」「生きていることに感謝すること」だった。
テレビでもなぜか、ユダヤ人関係の番組が目に入ってしまう・・・
最近NHKで見た番組では、プラハで偶然見つけた収容所の子どもたちが書いた絵の展覧会を
日本で実現した女性のお話だった。
その方は普通の主婦で、お嬢さんと旅行したプラハで何気なく入った建物が、
収容所の子どもたちが書いた絵を展示している博物館だったとのこと。
それ以降、この絵のことが忘れられず、ゼロからの出発で、多くの方の協力を得て、
日本全国でこの絵の展覧会を開催したということ。
人間、やろうと思えば何でもできるのだということを教えられた。
本気でやりたいと思えば、宇宙の力がサポートしてくれるのだ。
ユダヤ人とは何の関係もないはずの本を読んでいても、なぜか登場してくる・・・
今習っているマクロビオテックの理論に関わる本を読んでいたら、
生まれ育った土地と食物の関係が書かれた章で、
例に挙げられていたのが、満州に移住したユダヤ人だった!
食べ物が合わなくて健康面でとても厳しい状況下にあったらしい。
今でも子孫の方が中国に住んでおられるそうだ。
そもそも、私とユダヤ人との関わりはない。
スペインの歴史のクラスで本を読んだが、難しすぎて理解困難だった。
大昔、マドリードのバールで、トレドの大金持ちのおじ様に声をかけられたので、
いろいろお話していたら、どうもその方がユダヤ人だったらしいことくらいか。
近年では、テレビドラマ「イサベル」の中で、カトリック両王による
カスティージャ、アラゴンからのユダヤ人追放の場面が
どうしても忘れられないこと。
出国の際にお金は一定の金額しか持ち出せないため、硬貨を呑み込んだものの、
お腹が冷えて、大変なことになったりしたとか・・・
いつか追われた家に帰るために鍵を持って行ったとか、
様々な言い伝えがある。
このドラマの中で最も印象に残っているシーンの一つが、
イサベル女王の侍医であるユダヤ人医師が、イサベル女王に硬貨を一枚渡して、
自分のしたことを忘れないでほしいと言って去っていったシーン。
女王は彼に、報酬を上げること、改宗すれば彼を守ると約束するが、
医師は改宗を拒み、他のユダヤ人と一緒にカスティージャを出ていく。
史実はよく知らないが、ドラマの中では、このユダヤ人医師は、
女王の出産、王子・王女の健康を守ってきた、女王にとっては何もにもかえがたい存在である。
彼がいたことによって、流産により世継ぎをえることが難しいとされた
女王が世継ぎとなる王子フアンをはじめ何人かの王女に恵まれている。
彼が去った後で、女王はグラナダ大司教に、「自分は間違いを犯した」と言うのだが、
女王にこの言葉を言わせるなんて、スペイン国営放送、なかなかスゴイ!
そういえば、イサベル女王と夫君アラゴン王フェルナンドは、「カトリック両王」と呼ばれながら、
列聖されないのは、このユダヤ人追放によるものだと聞いたことがある。
この時に追放されたユダヤ人をはじめ、イベリア半島に住んでいたユダヤ人はセファルディと呼ばれる。
主にモロッコやマグレブに移住したため、このあたりではスペイン語が話されている地域がある。
なお、近年、彼らの帰還が認められている。
先ほどの満州の例ではないが、グーグルで検索しただけでも、
日本を含むアジア諸国にユダヤ人が移住していることがわかる。
日本の古代史の謎の中には、ユダヤとの共通点もかなり出てくる。
偶然なのか、古代の日本とユダヤ世界に関わりがあったのか・・・・
まだまだ彼らとのおつきあいは続きそうだ。