6月半ばに婦人科で 

筋腫の経過の診察を受けました

 

その後に父の入院や退院などがあり

正直 状態が良くないので

婦人科に結果を聞きに行く頃に

何か起きないかと ヒヤヒヤしてました

 

診察を受けた時に

またまた筋腫が大きくなっていることを告げられ

思いのほかショックでだったみたいです

自覚はしてなかったけどあせる

 

そして 父の事

 

いろいろと重なったのもあって

胃なんだか 腸なんだかが痛いと言うか・・・不調で

医者に行き

しばらく腹部エコーをしていないからと

数日後に予約を入れられました

その時に 

父の状態が良くない事を告げ

万が一の事があったら

キャンセルの電話を入れる旨を話しておきました

 

28日に婦人科へ行くと

癌検査は 体癌 頸癌とちらもクリア

 

だけど・・・

採血の結果 CA125が過去最高びっくり

基準値の約3倍

ちょっと 嫌な感じなので

MRIをすることになって予約を2日後に入れました

 

29日は 腹部エコーの日

すい臓 胆のう 肝臓 腎臓

順番に診て行って

下腹部に来たときに

「・・・・・筋腫あるよね」

と言うので

「でっかいのが2つあるんです」

と言うと

「わっあせる本当にでっかいな爆  笑

と笑われちゃいました汗

「こんなになってもオペは勧められないの?」

と 不思議なようでした

 

 内臓に関しては

エコーで見えるかぎり 異常はないかな・・・と

父の話をしていたので

不調は ストレスだな きっと

と言うので

薬をもらって来ました

 

30日は МRIの日

この日は МRIを取るだけだったので

すぐに終わりました

結果は 7月5日

 

 

こんな 病院通いの合間を縫って

父は7月1日に逝ったのです

 

どこもキャンセルすることなく

診察や検査を受けることができました

人の邪魔をしないんですよねぇ・・・父は

 

 

で・・・ 昨日 婦人科に行って来ました

画像診断医のコメントにも

悪性所見はないと・・・

CA125が高いのは

腺筋症もあるので 

そこから来ているのではないかと

筋腫は9センチクラスが2個

だけど ここまでいろいろとしてきたし

いまさらオペもしたくないでしょうし・・・と

 

筋腫が子宮の中と外にあり

外のは後ろ側にあり

腰椎を圧迫しているだろうと・・・

 

腰が痛いわけだ笑い泣き

 

この後は 経過を診つつ

場合によってはリュープリンをもう一度するかと・・・

 

リュープリンの弊害を考えると

正直 やりたくないのよねぇあせる

 

なかなか先が見えなくて

なんともスッキリしないけど

自分ではどうすることもできないのでね

成るように成れですてへぺろ

さて・・・

父が危ないと連絡をもらって

急いで家を出たものの

一番近いインターは その日に限って

夜 工事の為閉鎖されていたのを知っていたので

別のインターから高速に乗りました

 

一時間ちょっとかかり 実家に着くと

父は 看護師さんや 家族たちと

体を綺麗にされていました

 

 

間に合わなかったんです

そうか・・・ もう行っちゃったのかぁ・・・

 

どこかで覚悟をしていたからか

涙も出ませんでした

坦々と しなければいけない事をこなし

 

夜中に 葬儀屋さんと打ち合わせをして

夜が明けた頃 一旦自宅に戻りました

 

それからは 

もうなにがなんだかわからないスピードで

物事が進んでいきました

 

そんなご時世だし 家族葬的な感じでする予定が

母が自分の妹弟たちには知らせると言い

知らせれば 必ず通夜や告別式に来られるわけで・・・

そうなると 家族葬でもないわけで・・・

 

みんな 寝不足でイライラしてるし

弟と母が意見の違いでぶつかることもしばしば

 

とにかく 時間に追われ続けました

決めなきゃいけない事が多くて

ひとつづつこなすことが精一杯でした

そんなバタバタで 金曜日はあっという間に終わりました

 

土曜日の15時ごろに納棺なので

その前に 湯灌をしてもらいました

介護を受ける方の

訪問入浴と同じ方法で

お風呂に入れてもらうのです

 

十数年前に祖母が亡くなった時も

同じ葬儀屋さんだったけど

そんなことはしなかったはずです

今は それもサービスなんですかね

 

体にバスタオルをかけられていて

葬儀屋のスタッフさんが

シャンプーをしてくれ

その間 足などをスポンジで

綺麗にしてあげて・・・と遺族に促し

かわるがわる 足を洗いました

 

そうして 体を綺麗にした後は

スタッフさん二人で

父の身支度をしてくれました

 

その間 別の所で待っていたんだけど

弟がポツリ

「みんなの前で お風呂に入るって・・・

ちょっと嫌やなぁ・・・

自分の時は してほしくないなぁ・・・」

って

私も 同じことを思ってました

なんか・・・恥ずかしいなぁ・・・って

お風呂大好きな父だったけど

みんなの前でのお風呂 

喜んでたのかなぁ・・・

 

 

そののち 納棺

葬儀場に移りました

まぁ そこからは 従来の通夜と告別式です

 

告別式が終わり出棺の際

また 次男がやってくれましたあせる

私の弟が大好きな次男

火葬場に行くのに

母と弟が霊柩車に乗り込んだんだけど

自分も その車に乗りたいと

ごねだし いつもの頑固発令

どんなに言い聞かせても

頑として譲らず

葬儀屋のスタッフさんが気を利かせてくれて

「助手席はあいてるので

そこでしたら乗って行きますか?」

って 言ってくれました

喜んで乗り込む次男

 

もう ただでさえ疲れているのに

次男に疲れさせられました

もう 本当に 次男との付き合いは

修行です

 

あとで 次男に聞くと

「ちょっと 寝ちゃったわ」

って

あのねぇ 霊柩車で居眠りするヤツ

アンタしかいないよっえー

 

 

それでも 泣く母の肩を支えたり

慰めたりする次男

その光景を見ていた 母の妹は

「Arpegeちゃん いい子に育てたねぇ」

なんて言ってくれるわけですよ

 

そう見えたなら ありがたい

だけど まだまだ 育て中なので

苦労は尽きませんあせる

 

 

こうして 怒涛の二日間が終わりました

形がなくなった父ですが

ずっとずっと みんなを見守ってくれるでしょう

 

今頃 虹の橋で チェリーと出会ってるはずです

母も 

「そうやね 体も楽になって 

チェリーに会えたと思ったら

気持ちも楽になるわ・・・」

って

 

そうなんです

体のしんどい日々を過ごした父

やっと 楽になれたと思ったら

良かったと 素直に思います

 

 

少し落ち着いたら

ふっ といろんな場面を思い出して

涙することもあるかなぁ・・・

 

 

 

父には感謝しかありません

 

ありがとう

2週間 ブログを放置してました

 

6月26日(土) に 

一時的に入院した父が退院すると言うので

母と病院へ迎えに行きました

歩く体力も 話をする気力もなくて

退院とは言え 本当に体がだるい様子でした

在宅で 大丈夫か心配しましたが

それからは 訪問診療に変わりました

 

その日に内に 

ケアマネさんと看護師さんと 

これからの予定を打ち合わせ

今後は輸血も自宅ですることになったのだけど

当の本人は 自宅で輸血なんてする気は全くなく

『なにもしなくていい』

の一点張りでした

 

週が明け 訪問のドクターが来ると言うので

父の様子を見に行きました

呼吸も荒く まともに会話もできず

弱ってきていることは誰にの目にも確かで・・・

来られたドクターと今後の話をしました

 

本人は なにもしなくていいと言うのだけど

とにかく最後の日が来るまで

少しでも楽に←決して楽にはならないんだけど

痛みとか だるさとか

あらゆる不快感がないようにしたい事

   一日でも長く生かしてほしいということではない事

こちらの気持ちを伝えたうえで

輸血をすることに決定

あとは 水分を摂ることも難しので

それをどうするか

点滴にしたいところだけど

細くなった血管では ちょっと動くと液漏れするだろうし

皮下点滴にしていこうか・・・

 

痛みはないのだけど

体の置き所がないかのような・・・

動けないんだけど

じっとしていられないというのか・・・

その不快感を和らげるのに

モルヒネを使って行こうとか・・・

 

優先順位をつけて あらゆる方法を考えていました

月曜のうちに 輸血用のラインを確保し

輸血をする際の事前の血液検査をし

火曜には輸血をしました

 

ただ この時点で

ドクターからは 一週間くらいかも・・・と

いろいろとやってうまくいけば それでも一カ月かな・・・

そんな話を聞いていましたが

もう やれることをやるだけでした

 

ベッドでの寝返りもなかなかできないのに

トイレには 自分でなんとしてでも行くというので

車椅子を調達しました

だけど 父は酸素もつけてるし

酸素のチューブを伸ばしながら

車椅子を押してトイレに行くのも

本当に大変でした

 

ずっと 紙パンツをはくように勧めても

なかなか『うん』と言わなかったのに

もう 間に合わなくなるかも・・・

と自覚したのか

水曜からは 紙パンツをはき

それでも トイレには自力で行っていました

 

途中 力尽き 階段で座り込んだり

どうみたって 無理なんですよね

歩くこと自体が・・・

 

弟家族たちも 時間を作っては

父に良くしてくれて

木曜には 

コロナの検査を受けてから

甥っ子が大阪から駆けつけてくれました

 

父から目が離せなかった母は

伸び伸びになった髪をなんとかしに

美容院に行きました

 

その間にも 父はトイレに行ったり

ベッドに座ったり 横になったりを

ずっと繰り返す時間が続きました

 

様子を見に来たドクターと

辛さを取るのに 座薬を使おうかと・・・

眠りが深くなり

呼吸もゆっくりになるはずだと

普通ならば 数時間効くとか

 

夕方に座薬が届き

早速 1本使用しました

4~5分で聞き始め

落ち着いたように見えました

 

眠らせることによって 

意思の疎通もできなくなるけれど

どっちにしても 

しんどすぎて口もきけず

なにを聞いても 

良いのか 悪いのか・・・

欲しいのか いらないのか・・・

 

だったら 『楽』 と言うことを優先しました

 

夜になったので

静かに眠っているのを確認して

『明日も朝一で 見にこれるかなぁ・・・』

と思いながら 自宅に帰りました

 

家に着いたことを母に連絡し

様子を聞くと 目を覚ましたと・・・

呼吸が少し荒いし どうしようか・・・と

座薬を適宜追加することは 

ドクターに確認はとってあるので

「使ってみるわ」

と電話を切りました

 

気を張っていたり

父を車椅子に座らせたりで

心身ともに疲れを感じていたので

とりあえずお風呂に入り

髪を乾かそうとしたところに

 母から電話が来ました

 

「帰ったばっかりやけど

お父さん もう危ないみたいやわ

これから 来れる?」

 

一瞬フリーズしましたが

ビシャビシャな髪のまま

車に飛びのり 実家に向かいました

 

 

ちょっと 長くなったので また後で

今日は夏至

これから少しずつ

昼の時間が短くなっていくってことよね

こんな時期から 冬に向かっていくのかぁ・・・

なんて思ったりしててへぺろ

 

 

土曜日の動物番組に

俳優の山田裕貴君が出てました

ワンコを飼った経緯や

ワンコへの想いなどの再現ドラマでしたが

その飼っていたワンコが

キャバリアわんわん

もう ココ&ミルと重なっちゃってえーん

キャバリアが避けて通れない

僧帽弁閉鎖不全症で亡くなったのも同じ

 

パパも鼻をグスグスやってたから

思い出したんでしょうねぇ・・・

 

 

最近 よく聞かれます

『まだ ワンコ飼わないんですか?』

って

 

コロナ禍のせいか

テレビで 動物をあつかった番組が増えましたよね

ワンコ ニャンコといわず

馬や牛や ヤギや羊や

なんなら 爬虫類だって可愛く見えます爆  笑

 

『飼いたい熱』は着実に上昇中なんだけど

必ず 必ず 別れがくるし

なにより 病気が始まって

投薬が始まり

それからずっと 

様子を観察するような生活になるんですよね

 

普段以上に暑さ寒さに気を遣い

興奮させないように

呼吸状態をチェックして

ちょっとした留守番をさせるのも気にかかり

最後の日まで 気が休まることがありませんでした

 

そういうことを思い出しちゃうとねぇ・・・

飼いたい熱も下がり気味ですあせる

心が疲労困憊してますあせる

一昨日 入院した伯母

案の定 文句ばかり言って

看護師さんを困らせてるようで・・・

どこに行っても これじぁーね汗

 

朝 7時前から電話がかかってきました

まぁ 起きてたけどさぁ・・・

休みの日くらい ゆっくりさせてよショボーン

 

入院の理由をどこまで説明を受けているのか

施設で病院に行きたいと言ったのは

伯母なんだけど

伯母の中では 診察受けて帰れると思っていたのか

なんで入院になったのか 納得いかないようです

 

認知症ではないので

この辺をしっかり説明してくれればいいのに・・・

と思ったり・・・  だけど

説明しても しっかり聞かないかもしれないし

聞いても 理解ができないかもしれないし

高齢者にわからせることは難しいことなんでしょうね

 

伯母の熱は 腎盂腎炎だったようで

約2週間ほどの予定のようだけど

伯母は 明日 月曜になったら

帰れると思っているようで・・・困った笑い泣き

 

まずは 熱が下がる事

そして 点滴ではなく 口から栄養が摂れることが

退院の最低限の条件なんだろうけど

「もう 病院にはいたくない」

の一点張りですあせる

 

「早く 帰りたい」

と言うので どこに帰りたいのか聞けば

今までいた老人施設の事を言います

 

だけどね・・・

今回の入院で 老人施設は退所になってるんですよショボーン

戻るときは また 初めからの手続きが必要で

それはそれは 邪魔くさいのです

しかも・・・

老人施設で 職員対し暴言を吐いてるわけで

どう考えたって

嫌がられるに決まってますえーん

 

そういうことを忘れて 好きな事を言うのは

高齢者の特権でしょうか

 

今日も ナースコールをしょっちゅう鳴らすので

ナースセンター近くのお高い病室に入れられましたあせる

出費がかさむなぁ・・・ 痛いよねぇ・・・

と母と行ってた矢先

ナースセンター近くの部屋に移しても

しつこくコールを鳴らすので

看護師さんは車椅子に座らせて 

ナースセンターまで連れて来たようです

 

そこできっと 何かうるさいことを言っていたのでしょう

それに いちいち付き合うほど 看護師さんは暇じゃないし

構ってもらえない伯母は 前のめりになって

車椅子から落ち おでこが内出血したようです

 

当直のドクターに診てもらい

CTを撮って 大事に至らなかったことを

確認してもらったようですが

それから 名前を呼んでも返事をしなかったようで

 

この一連の事を 病院は母に連絡して来て

「ご家族が 心配なようなら 面会もできなくもない・・・」

みたいな事を言われたようですが

返事をしないのは 意識が朦朧とかではなく

ふてくされているからだろうし

放っておきました

 

そしたら 今度はまたまた私に電話をかけて来て

でたのだけど

電話の向こうで 興奮した伯母が

「出ない 出ない」

と騒いでて それで看護師さんが電話を受け取ったようで

看護師さんと 少し話をしました

 

今日は 私や母に電話してきていることや

迷惑をかけて 本当に申し訳ないと謝罪しました

看護師さんが言うには

さっきから警察の電話番号を探してるとか・・・汗

なにをとち狂ったのかびっくりあせる

伯母と電話を代わってもらって

話を聞けば

こんな所にいたくない事

警察に相談したいことがあるとか・・・

叩かれて酷い目にあってるとか・・・

 

そんなことを言ってる後ろで 看護師さんの

「そんなことしてないよっ! 手も触れてないんやから

怖いこと言わんといて」

って声がしてましたあせる

 

もう・・・どうしたもんでしょうねぇショボーン

 

伯母には 相談したい事があったら

警察ではなく ケアマネのTさんに言うことと

釘を刺しておきました

 

そんな電話の最中に プツリっ

伯母の電話の充電が切れたようで

電話が切れちゃいましたあせる

 

あーあ汗 

電話が出来んっ!ムキー

ってキレてなきゃいいけど

 

携帯の充電器をまだ病院に持って行ってないので

うちや母の所にはしばらく電話はできないはず

それは 助かるんだけど

その分 

看護師さんにものすごく迷惑をかけるんですよ きっと

本当に 申しわないですお願い