2週間 ブログを放置してました

 

6月26日(土) に 

一時的に入院した父が退院すると言うので

母と病院へ迎えに行きました

歩く体力も 話をする気力もなくて

退院とは言え 本当に体がだるい様子でした

在宅で 大丈夫か心配しましたが

それからは 訪問診療に変わりました

 

その日に内に 

ケアマネさんと看護師さんと 

これからの予定を打ち合わせ

今後は輸血も自宅ですることになったのだけど

当の本人は 自宅で輸血なんてする気は全くなく

『なにもしなくていい』

の一点張りでした

 

週が明け 訪問のドクターが来ると言うので

父の様子を見に行きました

呼吸も荒く まともに会話もできず

弱ってきていることは誰にの目にも確かで・・・

来られたドクターと今後の話をしました

 

本人は なにもしなくていいと言うのだけど

とにかく最後の日が来るまで

少しでも楽に←決して楽にはならないんだけど

痛みとか だるさとか

あらゆる不快感がないようにしたい事

   一日でも長く生かしてほしいということではない事

こちらの気持ちを伝えたうえで

輸血をすることに決定

あとは 水分を摂ることも難しので

それをどうするか

点滴にしたいところだけど

細くなった血管では ちょっと動くと液漏れするだろうし

皮下点滴にしていこうか・・・

 

痛みはないのだけど

体の置き所がないかのような・・・

動けないんだけど

じっとしていられないというのか・・・

その不快感を和らげるのに

モルヒネを使って行こうとか・・・

 

優先順位をつけて あらゆる方法を考えていました

月曜のうちに 輸血用のラインを確保し

輸血をする際の事前の血液検査をし

火曜には輸血をしました

 

ただ この時点で

ドクターからは 一週間くらいかも・・・と

いろいろとやってうまくいけば それでも一カ月かな・・・

そんな話を聞いていましたが

もう やれることをやるだけでした

 

ベッドでの寝返りもなかなかできないのに

トイレには 自分でなんとしてでも行くというので

車椅子を調達しました

だけど 父は酸素もつけてるし

酸素のチューブを伸ばしながら

車椅子を押してトイレに行くのも

本当に大変でした

 

ずっと 紙パンツをはくように勧めても

なかなか『うん』と言わなかったのに

もう 間に合わなくなるかも・・・

と自覚したのか

水曜からは 紙パンツをはき

それでも トイレには自力で行っていました

 

途中 力尽き 階段で座り込んだり

どうみたって 無理なんですよね

歩くこと自体が・・・

 

弟家族たちも 時間を作っては

父に良くしてくれて

木曜には 

コロナの検査を受けてから

甥っ子が大阪から駆けつけてくれました

 

父から目が離せなかった母は

伸び伸びになった髪をなんとかしに

美容院に行きました

 

その間にも 父はトイレに行ったり

ベッドに座ったり 横になったりを

ずっと繰り返す時間が続きました

 

様子を見に来たドクターと

辛さを取るのに 座薬を使おうかと・・・

眠りが深くなり

呼吸もゆっくりになるはずだと

普通ならば 数時間効くとか

 

夕方に座薬が届き

早速 1本使用しました

4~5分で聞き始め

落ち着いたように見えました

 

眠らせることによって 

意思の疎通もできなくなるけれど

どっちにしても 

しんどすぎて口もきけず

なにを聞いても 

良いのか 悪いのか・・・

欲しいのか いらないのか・・・

 

だったら 『楽』 と言うことを優先しました

 

夜になったので

静かに眠っているのを確認して

『明日も朝一で 見にこれるかなぁ・・・』

と思いながら 自宅に帰りました

 

家に着いたことを母に連絡し

様子を聞くと 目を覚ましたと・・・

呼吸が少し荒いし どうしようか・・・と

座薬を適宜追加することは 

ドクターに確認はとってあるので

「使ってみるわ」

と電話を切りました

 

気を張っていたり

父を車椅子に座らせたりで

心身ともに疲れを感じていたので

とりあえずお風呂に入り

髪を乾かそうとしたところに

 母から電話が来ました

 

「帰ったばっかりやけど

お父さん もう危ないみたいやわ

これから 来れる?」

 

一瞬フリーズしましたが

ビシャビシャな髪のまま

車に飛びのり 実家に向かいました

 

 

ちょっと 長くなったので また後で