晩唐ー17
英詩の題は When I set out for Lyonnesse
参照文献
1 松枝茂夫編 中国名詩選(下)(岩波文庫)
2 前野直彬注解 唐詩選(中)(岩波文庫)
3 石川忠久 漢詩をよむ 秋の詩100選 NHKライブラリー
4 渡部英喜 漢詩百人一首(新潮選書)
詠浴(浴(ゆあみ)を詠(えい)ず) 韓握(かんあく)
再整魚犀ロウ翡簪 再び魚犀(ぎょさい)を整え、翡簪(すいしん)を
よせあつめて
解衣先覚冷森森 衣を解けば、先ず覚ゆ 冷(れい)
森森(しんしん)たるを
教移蘭燭頻羞影 蘭燭(らんしょく)を移さしめて、
頻に影に羞じ
自試香湯更怕深 自ら香湯(こうとう)を試(ため)して
更に拍深きを怕る
初似洗花難抑按 初めは花を洗って 抑按(おさ)え難きに
似たり
終憂沃雪不勝任 終には雪に沃(そそ)いで
勝任(たえ)ざるを憂う
豈知侍女簾帷外 豈に知らんや 侍女 簾帷(れんい)の
外にて
謄取君王幾餅金 謄(おお)く君王の幾餅(いくへい)の
金(きん)を取りしを
ロウは瀧のさんずいへんをてへんに変えた字。
湯あみを詠む
こうがいや簪(かんざし)などをひとまとめ衣(ころも)を脱げば
冷気を感ず
蘭燭(らんしょく)を移せば己が裸身 (はだかみ) の影見るさへも
恥じらひ覚ゆ
湯を試し触れて深きを恐れるも顔を洗へば喜び感ず
終りには雪肌(せつき)にそそぐ熱き湯に堪へざることを
憂ひをるなり
知らぬのはカーテンの外で腰元が天子よりの金を
受け取りしこと
註
韓握(844ー923)は889年の進士。
兵部侍郎となったが、朱全忠(後の五代の梁帝)に
憎まれて司馬に落とされた。
唐滅亡後には再び仕えなかった。
自然詠の他に唐末の激動の世を憤る歌があり、
女性の艶情を詠んだ詩でも有名。
酔著(すいちゃく) 韓握
万里清江万里天 万里の清江(せいこう) 万里の天
一村桑柘一村煙 一村の桑柘(そうしゃ) 一村の煙
漁翁酔著無人喚 漁翁(ぎょおう)酔著(すいちゃく)して
人の喚ぶ無し
過午醒来雪満船 午(ひる)を過ぎて醒め来たれば
雪船に満つ
船旅
どこまでも川は清くてかなたには果てなく広がる空が見えたり
川岸の村には桑や山ぐわが、こちらの村には煙りが見える
漁をする翁は酔ひて誰も呼ばず醒めれば船に雪が積もれり
参照文献
石川忠久 漢詩をよむ 秋の詩100選 NHKライブラリー
尤渓道中(ゆうけいどうちゅう) 韓握
水自潺湲日自斜 水は自(おのず)ら潺湲(せんかん)
日は自ら斜めなり
尽無鶏犬有鳴鴉 尽く鶏犬(けいけん)無くして鳴鴉(めいあ)有り
千村万落如寒食 千村万落(ばんらく) 寒食(かんしょく)の如し
不見人煙空見花 人煙(じんえん)を見ず 空しく花を見る
谷川ぞいに
川の水は自ずとさらさら流れゆき自ずから日は西に傾きぬ
周りには鶏や犬の姿なくただ鳥の鳴く声が聞こゆる
村々は寒食のごとく静まりて煙りも見えず花が咲くのみ
註
「尤渓」福建省中部を流れる谷川。
「道中」旅の途中。
「潺湲」水の流れの擬声語。
「鶏犬」平和な村里を象徴する動物。
「寒食」冬至から數えて百五日目の寒食節。
冷たい物を食べる風習があった。
参照文献
渡部英喜 漢詩百人一首(新潮選書)
題慈恩塔 荊叔(けいしゅく) (慈恩塔 (じおんとう)に題す) 唐中437
漢国山河在 漢国 山河在り
秦陵草樹深 秦陵(しんりょう) 草樹深し
暮雲千里色 暮雲(ぼうん) 千里の色
無処不傷心 処(ところ)として心を傷ましめざるは無し
秦漢の昔を偲ぶ
古(いにしえ)の漢の山河は変はりなく秦の陵墓は草樹が茂る
夕暮れの雲は千里に広がりていづこを見ても心が傷(いた)む
註
荊叔は生没年不詳。知られている詩は
唐詩選に載っているこの一首のみ
詩の無常感(と杜甫の句の引用から)晩唐の詩人と
見られるが、盛唐の詩人と見る説もある。
参照文献 渡部英喜 漢詩百人一首(新潮選書)
テニスンの「The Brook」以来、英詩も
面白いと思い、易しい詩を選び数回ブログに
記しました。
しかし、英詩は一般に難しいと思う。
その理由として
(1)英詩では「詩語」や「古語」がよく
用いられるため、普通の英文を読むより
難しい。
例 thou, thee, thy, thyself, wert
doth,dost, ye, mount, vale, nigh
(2)詩の調べをよくするために脚韻を踏み
各行の音節(母音)の數を整える。
そのために難しい単語の使用、語順の
変更、用語の省略、単語の省略が
しばしば行われる。
例 I happy am. ‘Tis (It isの略)
stretch’d (stretchedの略)
o’er(overの略)
(3)英国の歴史•文化についての知識が
乏しいためと思うが、なじみにくい
詩が多い。
(4)想像的、幻想的な詩が少なからずあり、
それを読みとくには相当な時間と力が
いる。
次の詩は「恋愛」をテーマにしていて、
難解な詩ではないが、個性的な詩と思う。
When I set out for Lyonnesse Thomas Hardy
(山中しげひろ訳)
ライオネスへの旅立ち
When I set out for Lyonnesse,
A hundred miles away,
The rime was on the spray,
And starlight lit my lonesomeness
When I set out for Lyonnesse
A hundred miles away.
百マイル先のライオネスへ
旅立ったとき白霜は
木の小枝に降りており
さびしき身には星明かり
百マイル先のライオネスへ
旅立ったときその時は
What would bechance at Lyonnesse
While I should sojourn there
No prophet durst declare,
Nor did the wisest wizard guess
What would bechance at Lyonnesse
While I should sojourn there.
ライオネスにて滞在を
している間に我が身には
何がおこるか分かろうか
予言者さえも分からない
いかに賢い魔術師も
分かるはずはあり得ない
ライオネスにて滞在を
している間に我が身には
何がおこるか分からない
When I came back from Lyonnesse
With magic in my eyes,
All marked withmute surmise
My radiance rare and fathomless,
When I came back from Lyonnesse
With magic in my eyes!
正気が失せた眼差しで
ライオネスから帰った時は
皆はひそかに驚いた
私の異様な底知れぬ
眼の輝きを凝視した
正気が失せた眼差しを
ライオネスから帰った時は
註
トマス•ハーデイー(1840-1920)は
若い頃は建築家志望であったが、後に詩人、
小説家になった。「テス」などの小説がある。
この詩は、1870年に作者が教会堂修理の
ために出かけたコーンウオルでエマに出会った
事(のちに結婚)に基づいている。地名は
アーサー王伝説に縁の深い土地に変えている。
この詩はこの時に書かれたが、発表はエマの
死後の1914年であった。
参照文献
平井正穂編 イギリス名詩選(岩波文庫)