一匹狼、英雄の友人の話ばかり考えます。拭いきれないマイルドな不幸感は、やがて変化を求めるようになるのでしょうか?彼もまた、フラダンスをマスターするため、単身ハワイへ来ました。彼は、ファーブル昆虫記の話しには興味がなかったみたいですが、ディズニーキャラのマリーちゃんで盛り上がりました。ちなみに彼はホモそうだったのでAまで試してみました。

千石先生
さぁ、私はハワイに行く決心をします。離陸から15分もしないうちに、人生で最初に味わう失恋の痛みを乗り越えるため、持ち込んだ高いウィスキーを5分の1とプロザックを1瓶飲んで、ディアゴスティーニのファーブル特集とスチュワーデスとの淡い期待を楽しみました。本来女性というのは、ノンバーバルコミュニケーションに敏感な生き物です。言葉はそんなに重要ではありません。顔の表情、しぐさ、姿勢で価値を決めるのです。私は、スチュワーデスを呼んで、18番であるハブとマングースの闘いを披露しました。ホノルル空港に到着するまで、彼女は私の側を通ることはありませんでした。そんな私を隣りの老人が優しく微笑みかけて言いました。「ゆーあーくれいじー、私もウィスキー貰ってもいいかな?」。とても高いウィスキーだから渋りましたが、唯一笑ってくれた人なので、5分の1あげました。彼は、鎌形友之と言う名前で、ハワイには初めての旅行に行くそうでした。彼がハワイアン1の富豪の逆玉の輿だと知ったのは、それから2ヶ月後のことです。ここから、私の人生は720゜変わります。今日は、半年ぶりに吉野氏と鯉料理を食べに行くのでまた。

千石先生
80年代、私はメルセデスベンツのエンブレムをチェーンにつないだネックレスをしてました。あだ名はこけしでした。当時学費を稼ぐためにバイトをしていたうどん屋に高橋名人が来たことがあります。ウェイターだった私は、高橋名人とハドソンの役員の会話に聞き耳を立てました。どうやら高橋名人は、サーフィンをはじめたいらしかったです。帰り際、サインを頼み、快く書いてくれました。サインは4日後、私の不始末でカーテンと机が燃えたとき、一緒に燃えてしまいました。あっちっちっと言う具合です。

千石先生