ビンテージモノには現行品のネジ一本でロール調整するのとは違うセッティングやパーツ選定の楽しみがある。

前々回ガイド編⑪ではスタンダードな明治屋製を使ったが、今回の<REDLINE7000>ではキャスター付きタミヤ製ガイドも使用OK。

また、操作編⑫のように前輪を独立タイプさせるのも、操安性が違って面白い。

 

フロントホイルを独立タイプにするのは割と簡単なので、今回は60年代当時の前輪の変遷と共に制作工程を紹介したい。

60年代を代表するキットと言えばタミヤ。前輪は最初、やや角ばったものだったが、クライマックス製円形断面が流行ったように、タミヤも円形断面のものになった。材質も天然ゴムに近いNBR系から硬質のモノとなり、最終はプラ質にものになった。

中央がローラT70に附属していた刻印”15-7”。右がロータス40やカレラ6に使われた最終型、刻印”17-7”。ローラの物は少数しか出回らなかったが、若干のクッション性も有しており理想的だと思う。

左は明治屋製穴あき軽量ホイル、タイヤは当時レースの常連に好まれたクライマックス製。右はAYK青柳製の三角断面硬質タイヤとそれに合うホイル。 67年全日本選手権を制したムサシノ勢が三角断面だったため、すぐに青柳から販売された。

26Dのクリヤボディが白金のロングストレートをぶっ飛ばしてた頃、前輪サイズのレギュレーションが変わり(23㎜⇒19㎜以上)、殆どのユーザーはホイルの色違い(シルバーorブラック)で、同じ青柳製を使っていた。

唯、そんな小径サイズがOKとなって、丁度以前の1/32用がサイズ的に使えることとなった。

そのため、スガモでもトドロキでもAYK以外の古い32用を使う方は少数ながら存在した。

インナーにベアリング入りのものは1/32用がジャストサイズ。低抵抗で良かったのだが、一度のクラッシュでセンターが狂い使い物にならなくなる。写真左端は1/24用で出番がなかった。

トルクフルな26Dや低重心で高速コーナーが早いNEW16Dも、270SとなりシャーシもAYKが7000系を出す頃に、タイヤ径はさらに小さくなり独立フリーホイルがスタンダードになり、左右連結は少数派となった。

 

今回、加工材料はAYKとタミヤのホイル+軽いプラフィット用ハードスポンジ”ドーナッツ”。

唯、硬質でもスポンジはミテクレが60年代にふさわしくないので、外側をプラモデルから拝借。

接着剤で貼り合わせる。

これはAMTのものだが、タイヤレターは同じに見えても左右回転方向が別に造られている。

ワザワザ金型を代えてるコダワリ、アメリカン魂も大したモンだ。

僅かながらAYKの方が軽い。タミヤ製は軽量化の為ため穴をあけたが、AYKは厚さが薄いので穴はあけずにセンターのネジ切られた穴をφ2.9ドリルでサラってφ3.0ハンドリーマーで仕上げ、エンド部をネジ切ったシャフトとナイロンナットをセットして完成。..やはりこれは元AYKスタッフのYM氏に謹呈しよう

 

閑話休題

お彼岸で目黒の実家に行ったら、母より井戸水ポンプが故障と聞いて修理。

とりあえずカバーを外して、エラーコードを調べるとユニット頂部高温による保護停止。

電源入り切りしたら動き出したが、なぜかモーター廻りっぱなし。

圧力を下げたら、蛇口を締めて一定時間後に止まるようになった..。

(だが、もしインペラなどの不具合で高温になっていたのなら不安だった)

米と麦の好きな弟の為に、一両日後にコシヒカリとビール持参を兼ね、実家に再度様子を伺うと問題なくON/OFFしてる。メデタシメデタシ!

 

ロシア産”バルティカ9” 名の通りアルコール9%、ぷー助のせいでコイツも飲めなくなる 

家に帰ると、彼岸花の曼殊沙華が..

今年も ほゞカレンダー通り。タイマーリセットされたかな。

 

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