おっぱいはじゃんじゃん出てる最中に
おっぱいを絶つことに。

おっぱいをあげなきゃ
私が母親だって事わかってくれないんじゃないか。と思った。

ミルクに切り替えることは私にとってすごい決断でした。


まず、おっぱいをやめることを産院に電話で伝え、おっぱいのケアをしてもらいました。
とっても悲しかったです。

そしてミルクは長女の時から買った事も作った事もなかったので、
哺乳瓶やミルク、哺乳瓶の洗浄用品など
を買い揃えに行きました。

ミルクだと誰でも上げる事が出来るから負担が減るよと母に言われましたが、
次女に母親だとわかって欲しいので、
体調が悪くなければ出来るだけ自分の胸の中で
与えようとおもいました。
退院してからも暫くはうつ状態は続いていました。
意味もない激しい落込み、無気力、ひどい疲れ、不眠、食欲がない、パニックの予期不安など。

そして遂に新しい心療内科の予約日が来た。

紹介状を持って行く。

待合室は満員。

次々に患者さんが入ってくる。

暫く待って順番がきて、名前を呼ばれる。

そして先生との出会い。

初対面は何だか怖そうと言うイメージ。

今までの症状などを話しているうちに号泣。

あと、今まで通りおっぱいで育てたいと伝えたが、
「今飲んでいる薬じゃ治りません 。
   おっぱいは諦め、ミルクにし自分を治すことを
   最優先に考えてください。
   薬は変えます。」

と言われた。
私は先生と母親に説得され
完全ミルクに切り替えることを渋々承知した。

そして、うつ病、
               パニック障害、
               強迫性障害

と診断を受けた。

ちょこっと話はズレます!

が、今日は次女の保育園の親子遠足です(๑˙❥˙๑)

家族四人での参加です!

行ってきまーす(⁎⚈᷀᷁ᴗ⚈᷀᷁⁎)


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遂に退院。
病院でお世話になった人たちにあいさつ。

「何かあったら、電話してね」

と言ってくださり安心した。

退院してからも数日間は実家で次女とお世話になることになった。

母も仕事をしているけど、わたしの病状を職場の上司が理解してくれ、
「仕事は何とかなるから、娘さんの事診てあげて」
と暫く休職してくれていました。

いろいろな人に迷惑を掛けました。
そしてたくさんの人に感謝。
入院生活は約3週間程。
母や助産婦さん、精神科医等、たくさんの人にお世話になりながら少しずつ回復に向かっているようだった。

次女ももうすぐ2カ月。
お肉も付きぷくぷくに。
おっぱいだけで成長してるのに安心、嬉しくなった。

入院するまで次女と二人きりでいるのが恐怖だったが、段々とその恐怖は薄れていったように思う。


退院しても、病院に 通ってくださいと言われ、
〝精神科″と言う響きが嫌だったわたしは
紹介状を書いてもらい、ベテラン先生がいると言う個人の心療内科に通うことを決めた。