著名人がガンである事を公表した。
宣告されたとき『なんで自分が』と思ったという。
その言葉を聞いてとても居心地が悪かった。
私が初めてガンが身近なのかもしれないと思ったのは
8年前、叔母が卵巣がんに罹った時だ。
その3年前には祖母もガンが発覚していたので、
家系のなかで祖母と、母より叔母に似ている私は
自分もガン体質なのかもしれないと少し緊張した。
それでも今回悪い結果が出たら、
私も「なんで自分が?」と嘆くのだろうか。
確かに人生はいつも思いがけない方向へ進んできた。
子どものころから友人たちの家庭環境と違っていたが、
大人になれば自分の好きなように生きられると信じていた。
大人になっても思い通りにいかないことが多いと知ったが、
それでも人生は自分が思い描く方向に進む気がしていた。
そして、思い描かなくてもそのうち結婚して
子どもを産み育てるのが大人だと漠然と思っていたようだ。
生きていてもなんとなく結婚するわけじゃないと気づいたのは、
30歳を一週間過ぎたころだった。
数年付き合っていた恋人と別れる決心をした時だ。
結婚したからといって子どもを産み育てられるわけじゃないと知ったのは、
結婚して5年目、40歳の時だった。
そしてこの夏で50歳になろうとしていている今、
乳がんかもしれない現実に直面している。
叔母の闘病を母から逐一聞いていたので、
どんな治療と生活が待っているのかうっすら知識はある。
にも拘わらず自分が手術をしたり入院する様子が想像できない。
なんだかピンとこない。
ピンクリボン運動や乳がん検診のすすめ、
叔母の闘病生活と仕事を休んで支えていた私の母、
闘病した有名人たちが口をそろえていう検診の大切さ。
もしかしてそういうもの全部、
私も自分の身には起こらないと思っているのだろうか?
