誰かが言っていた。
「人は病気では死なない。寿命なのだ」

仏教用語で定命じょうみょう=前世の因縁で定められた寿命
という言葉もある。

確かにそうなのかも知れないと思う。

わたしの兄も、幼少期に前例のない泌尿器系の病気で手術を
受けている。

(約)20年後、両親は函館での兄の婚礼に当時の主治医を招待し、
札幌から来てくれたその医師の挨拶が今でも忘れられない。

「未知の領域で成功率の非常に少ない手術、言葉は悪いがモルモットに
されたとの避難を免れかねない手術に、最愛のひとり息子の
○○君を、我々若輩医師を信じて委ねてくださったご両親の
決断と勇気。そして20年後にその結婚式に招待されたわたしは
医師として何と言う幸せ者なのだと、同僚から言われて参りました」

兄はその後40年健康に過ごすことができた。

60代前半で腎臓がんの手術を受けたので、漠然と将来
死期をむかえるときは、そのがんの転移や再発によるものなの
だろうと思っていた。

しかし数年後、元気に問題なく過ごしていたのにゴルフをしていた
ときに、あっけなく心肺停止で急死してしまった。

以来わたしはがんも確かに命に関る難病だけど、寿命とは
別物なのだと思うようになった。

そのせいか夫が現在、奇しくもあのS.ジョブズ氏と川島なお美さんが
患った2種類のがんをひとりで同時に患いやはり長時間に及ぶ
2度の手術を経て、以前のように仕事をしていることが奇跡なのか、
初めから寿命がまだあったからに過ぎないのか、とにかく人智には
計れない有り難いこととしか思えない。

ひと口に同じ○○がん・腫瘍と言っても千差万別であり、
治療法選択の是非も一概には語れない。

一般庶民には選択肢も限られているが、それなりに道が
開ける場合がある。

外科医はとにかく安易に切りたがり、抗がん剤は全く効かなくて
寿命を縮めるだけだという説を鵜呑みにするのも間違っている。

そのとき誰を信じ何を受け入れるかは、その人や身近な人に
与えられている直観次第であり、ひいては本人の寿命という運命
なのだと思う。