仕事始めの7日の晩、20歳年上の従姉妹が
何と昨年の夏に亡くなっていたことを知った。

母方の係累の中で彼女は誰に似たのか、かなり
特異な性格と人生観を持ち、その言動による
エピソードは数少なくない。

端的に言えば虚栄心の超強い拝金主義者であった。

彼女の晩年の人生を垣間見てきて、「お金では
買えないものがたくさんある」というのがやはり
真実だと思う。

超高齢の叔父(彼女の母の弟)が彼女を案じるので、
春になったら一度叔父を連れて会いに行かなければ
・・と考えていたのだが遅きに失した。

3年ほど前にも彼女と急に連絡が取れなくなり
やっと入院しているらしいと判り、不案内な隣街の
病院を探して会いに行ったことがある。
(わたしより近い住所の従姉妹もいるのだが、結局
 わたしに役目が回ってくるのだ)

が、その後も彼女は相変わらず一方的な用事以外は
連絡してくることはなく、日常的に不在が多かった。

今、思えば再入院のときもまた誰にも知らせる
ことをしなかったのだろう。

養子縁組をしていたN氏の夫人の話によると
亡くなる間際には多額のお金を使い果たして、
買いあさっていた品々を売り払おうとしていたと
いう。

荒れ果てた邸内に残っていたのは、もはや値の
つかない山のような買い物類の散乱した姿、その整理
だけでもかなり手間取る状態で葬儀の際に連絡すべく
係累を知る術が無かったという。

ただ日記のようなものがあり、それには嫁に
当たる彼女を始め、気に入らない人々に対しての
読むに耐えない罵詈雑言の数々が記されていた
らしい。

お金の価値に捕らわれ過ぎ、心を通わせる術を
知らない人生をおくってしまった彼女に最後まで
残っていたのが、周囲の人々への憎悪という凄ま
じい負のエネルギーでしかなかったのが虚しい。

結局金持ちになることを切望し、望みは叶ったが
幸せにはほど遠い心境だったわけである。

彼女が何故か一番憎んだ(どんな理由が
あったのかは聞いてないが)N夫人に
有形無形の残滓を始末してもらわねばならなく

「主人が一応長男ですから、わたしが バチが
あたらない程度にちゃんと毎日お参りしてますよ
(笑)」とお仏壇の世話までしてもらっているのが
皮肉としか言いようがない。 合掌