「聖書」の一節。

Love is patient.


”愛は忍耐(patience)である”と言わず”忍耐強い(patient)”と
言っている理由が何となく解るようになってきた。

”愛は忍耐”と言うと、何をされてもひたすらじっと耐える
ことが愛だと思ってしまいそうだ。

しかし、”忍耐強い”となると、それは相手への積極的な
働きかけの中に、知恵と力を駆使しつつ、可能な限り機が
熟すのを待つことができる精神力を持て・・と言っている
ような気がする。

    *  *  *


わたしは幸いなことに今まで重い病気とは無縁であり
入院や検査(半日ドックは1回だけあるが)の経験もない。
(泊り込みで看護した経験は豊富だが)

そういう者から見れば、過去に辛い体験を持つ者の、できれば避け
たいことに対する決断を躊躇する心理、いわゆるトラウマとか
複雑な心因からくる優柔不断さは理解し難く、判断、選択、決断に
導くにはかなりの配慮と忍耐が必要になってくる。

回り道だと判っていても、空振りになると思っていても
言葉だけで説得するより、本人が納得するまで、とことん
付き合い、できることは実際に行動して見せて、初めて
少しづつ動いてくれるようになる・・。

自分の忍耐力を試される毎日である。
未熟な自分が何とかそれを可能にしているのは身内への
湧きあがる思いでしかない。