わたしは、諭さんの写真作品が好きで、
心から尊敬の気持ちを込めて
世界の清水って、勝手に呼んでる!
そしたら、諭さん、
この10月にドイツで写真展開催するんです!
20年以上もカメラの研究をし続けて
世の中に発表する訳でもなく
技術とセンスを磨き続けた人が
今年に入って、初の個展、
そして、次は世界デビュー。
その流れには、
ものすごくたくさんの奇跡が詰まっていて、
わたしは話を聞くたびに、
そんなことあるの!?と驚いて、
同時に、世界ってすごいと感動していた。
全て順調って、
こういうことなんだなって思ってました。
トントン拍子に展開していって、
色んなところで、信じられない程の奇跡のようなことが起こる。
そんな諭さんだったら、
きっと、
ドイツでの写真展も成し遂げちゃうんだろう
そんな風に当たり前に思ってました。
9月中旬、
わたしは、話を聞いて驚いた。
写真展まであと1ヶ月という時点で、
作品が決まってないのだと!!!
奇跡的に場所も決まり、
素晴らしい出会いにも恵まれたのだが、
写真展のコンセプトが決まってないと!!!
世界の清水の、包容力に溢れる笑顔と、情熱的な行動力と、奇跡の連続で、
わたしは忘れてしまっていた。。。
順調だからといって、
まるでテレビドラマのように
決まった時間に、ストーリー展開していく訳ではないと。
テレビドラマの登場人物にだって、
そのストーリーとストーリーの合間に
普通に過ごす時間があるように
それぞれの展開に続く道があって
それそれの選択や決断へ向かう道がある。
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9月の中旬、
諭さんの奥さまの”みかりん”に会いに行った
わたしに何が出来るわけではなくて、
何なら、何もできんし、
何も持ってなくて歯がゆいんやけど、
ただ全身全力、なにかしたい気持ちで。
結果、目に見える大きなことって、
ほんま自分に何も出来んなと痛感した。
そして、ただ、ひたすら、
私たちは諭さんの写真について語り合った。
語り合ったというより、
わたしの熱苦しさを
優しいみかりんが
うんうん![]()
って聞いてくれてた、
その方が近いかも笑笑。
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諭さんの作品はフォトジェニックでなはい。
作品に組み込まれた美しさや、奇抜さ、問題提起や、テーマがあるわけでなはい。
だったら、作品としてのメッセージはないんじゃないか?
そんな考えになりそうだが、
諭さんの作品に対峙してみると、
なぜか、
自分が一瞬前に呼吸していた空気と、
今吸っている空気が変わる感じがする。
諭さんの写真には、そんな不思議さがある。
そんな作品に何もないわけないじゃないか!
絶対になにかある!!
とんでもない、何かがあるはず!!
一貫した何かがある。
でなければ、
諭さんの作品やカメラレッスンを通して、
世界の見方が変わってしまった
わたしの感覚の説明がつかない。
誰よりも諭さんの感性にふれてきた
みかりんの感覚と
わたしのボケボケした感覚とを
それぞれ言葉にして、擦り合わせて、
またピッタリな言葉をみつけたり、
その感覚に興奮したりして、
当てはまる言葉を探していった。
違和感を感じない言葉を探す。
すると
自分の中に
腑に落ちる言葉を見つける瞬間があった。
それを、また、みかりんと深めていく。
ものすごく興奮する時間だった。
感覚を大切に生きる
みかりんだったからこそ、
わたしの感覚も尊重してくれたから、
あんなにも言葉の美しさそのものを感じる程
つむぎあげるような時間にはならなかった。
諭さんの作品から感じることは、
またの時に詳しく書けたらいいな。
ひとつ記すとしたら、
諭さんの写真は、
心のスイッチが入ってないと美しいと感じられない、そんなおもしろさを感じる。
アートに詳しいわけでもない、
人生も未熟者ものなわたしの
こんな熱苦しい想いを
仕事帰りで疲れているはずの諭さんは
菩薩のような顔で![]()
![]()
“うん、うん”と聞いてくれた。
自分の感じてることに
正解不正解はないんだけど、
諭さんは、わたしのその曖昧な感覚を
まるっと受け入れた上で
更に言葉におとして理解を示してくれる。
諭さんのおっきい心に、
感覚的なことを言葉に分解してくれるところ、
本当に尊敬する。
この時、諭さんの感性について聞いて、
わたしは嬉しくなった。
わたしには、ある時、ふとした時、
何気ない目の前が、
途方もなく美しく感じる時がある。
例えば、
自転車に乗って、
いつもの道を駆け巡っている時の景色。
住宅に囲まれた道に、電信柱と空があって、
このバランスは
誰が意図した訳ではないけれど、
なぜか、素晴らしく調和しているように感じる
そんな瞬間がある。
どこからか
美しさに興奮する感情が溢れるものの、
待て待て待て!
そんな景色が美しいっておかしいでしょう、
と制御しようとする意識があった。
諭さんと話していて、
わたしの感覚的なことは変なことじゃないんだ!
と知ることができて、
わたしはものすごく嬉しくなった。
感覚なんて、人それぞれ。
けど、
心のスイッチがオンになっているかどうかは
きっと人間みな同じなんじゃないだろうか。
写真展の準備で大変なはずなのに、
素直な気持ちでわたし向き合ってくださって、
たくさん、嬉しい気持ちにさせてもらって
作品をどう感じるか、みんなで言葉にして
自分の感覚を確からしいものにしてもらったような時間で
有り難くて有り難くて、
少し申し訳なく感じるほど、
幸せな時間だった。
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