「ね、坂田さん離婚だって。」
 引越し業者の作業が終わり、社宅から
 出た時、あからさまに聞こえるように
 奥さん連中がかたまってた。
 そんなやつに挨拶する必要はない。
 急ぎ足で車に乗り込んだ。

 坂田直也(40) 2ヶ月前の7月、
 妻の美由紀(35)と娘の美優(10)が
 大部分の荷物と共に消えた。
 深夜仕事から帰ると、抜け殻の部屋。
 離婚届と、弁護士からの書類。
 見た瞬間、諦めしか無かった。
 2年前、本社人事課の課長に抜擢。
 自宅で食事もしない、娘の行事に
  出ない。勿論夫婦関係もない。
  翌日夕方、秋田と言う弁護士に逢い
  「彼女の要求は全部のみます。」
 かなりびっくりされたが、当たり前。
 申し訳ない気持ちしか無かったからだ。

   8月中には、離婚が成立。
  財産も、美由紀に8割方渡してた。
  仕事頑張ろ。しかし会社は甘くない。
  直ぐに部長に呼ばれた。

  「まあ、わかるよな。しばらく
      ゆっくりやれよ。」

  9月15日付けで、光村エンジニアリングの
  新潟支店四日町出張所の所長を
  命じられた。
  この出張所は、国の道路工事に併せて
  作られた出張所。
   山の中で、まだ1部区間しか開通
   してないような道路。
  社員も4人しかいない。
  会社員としては、終わったのは
  間違いない。

  高速から近隣のインターチェンジを
  降りて山の中を走る。
  1時間走り抜けると、四日町が
   見えてきた。
  引越し先は、街中にあるビジネスホテル。
  しかし、どう見ても旅館だ。

  「いらっしゃいませ!」
  仙人みたいな宿主が出てきた。
  旅行バックを担ぎ上げ2階へ。
  鶴の間が私の部屋だと。
   ドアを開けると、8畳くらいの
   ワンルームマンションみたいだ。
   改築したらしい。
   ユニットバスがあり、快適に見える。
  
   荷物は、このスーツケース1つだけ。
   引越し業者には、荷物を倉庫で
   当面預かってもらうことにした。

   三田旅館には、工事関係者が
   泊まってる。他の現場責任者
   ばかり。
  夕食を食べにいくと、早速名刺
  交換と酒盛りがいきなり
  始まった。
  6人程この旅館が滞在している。
  2時間ほど話して、部屋へ。
  疲れてそのまま寝てしまった。

  翌朝目を覚ましたのは8時。
  また、食堂へ行き朝食を食べて
  部屋でシャワーを浴び、
  用意は8時30分には出来た。
  職場は、旅館の目の前。
  元飲食店を事務所にしていた。
  暫く2階から見てると、誰か
  出社してきた。

  歩いて事務所へ。
 ドアを開けると、明らかに歳上の
  社員がいた。
  「おはようございます。坂田です。」
  振り返ると、笑顔で出迎えてくれた。
 松田元太(49)と名乗った。
 この出張所副所長で、エンジニアだ。

  「今、田崎と島崎は富山の現場に
     長期出張してます。
     今まだきてませんが、久米さんが
     いますから。私現場行ってきます。」
    事務所の鍵と、引き継ぎ書等
    手早く話して会社の車で
    出掛けて行った。
    時計を見ると9時15分。
    久米さんとやらは、なぜ来ない。
    早速パソコンのパスワードを入れて
   人事課のdataにアクセスした。
   久米恵美(32)。その評価やほかの
   情報を見て嫌になった。
   はっきり言えばトラブルを何回か
   起こしている問題の社員。
  9時40分頃、4駆の車が止まり、
   金髪で髪の長い女性が入ってきた。
   「おはようございます。
       あ、所長ですよね。」
   彼女は、ここから2時間かかる
   八日市に住んでいる。
   この町は不便過ぎて、会社側が
   手配したと彼女から聞いた。
    後は昼まで前所長の悪口と会社批判
    彼女もエンジニアだが、仕事する
     ことも無くずっと話してた。
    「あ、私現場行きます。
       直帰していいですよね。」
     構わないよと話したら、直ぐに
     4駆に乗って消え去った。

     引き継ぎ書等読んだり、  
      他の社員経歴を読んだあと、
     久米さんの前任地。長崎支店にいる
     先輩に電話してみた。
     「あー、久米ちゃんか!お前
         えらいやつを部下にしたな!」
     ようは悪いタイプじゃない。
    ちょっと変わってるが仕事は
    よくやる。上手くやれば問題ない。
    なんとも、フワッとしたことしか  
    言わない。
    
    18時過ぎ、松田さんが戻った。
    わざわざ待たなくて帰ればいいです
    よと、やんわり迷惑だと言うことに
     僕は気づいた。
     お先しますと、目の前の旅館に。

    「おかえりなさい。」
    また、仙人みたいな店主が出迎えた。
    須田幸太さんと言い、75歳だと。
    昨年、奥様が他界されて町内の
    病院に勤める娘さんと暮してると。
   夕食を食べながら、他の責任者は
    21時頃帰ると聞いた。
    
   部屋に戻ると、まだ19時30分。
   小さな街だが、ホームセンターや
   大手ショッピングセンターもある。
  車でショッピングセンターへ。
   とにかく、服や下着も最低限だけ
    持ってきたので、色々揃えた。
    後、お酒は持ち込み自由。
    日本酒やらビールを差し入れで
    買って熨斗をつけてもらった。
    まあ、挨拶がわり。

    帰宅すると、また酒盛り。
     1時間くらいであっさり終わるから
    楽だし、楽しかった。
     うちの現場と関係がある
     久米島土木の岸谷所長が
     現場を案内してくれる事に。
    明日、昼から行くことになった。

    翌朝は、7時に出社。部屋を掃除
   して営業車3台もざっと洗車。
    松田さんが出社すると、新潟支店に
    2日程出張すると言ってきた。
    単身赴任で埼玉に帰りたい。
    そのまま土日と、
    有給取っていいかと言われ
    どうぞと快諾した。
    自分の車で、9時前に出る。
    「久米さんと、まあ仲良くやって
       ください。何かあったら
        相談乗りますから。」
    当然出社してこない。
    9時20分頃、久米さんから電話が
    来た。通勤中車が故障。
    JAFでレッカーしてディーラーに
    行きたいと。
    「今日は休んでいいよ。気をつけて。」
    途端に機嫌良い返事と、電話が
   切れた。
    まあ、事故されたりするよりは。
    今日の仕事。。まあ大丈夫だろ。

    昼前、作業着、ヘルメット、長靴
    に着替え、社用車の軽四駆に
    乗った。
    こんな4駆じゃないと通えない場所
    ということだ。
    
    久米島土木の事務所へ行き、挨拶をして
    岸谷所長をうちの車に乗せた。
   「坂田さんは、運転得意?」
    岸谷さん、ここ10年、東京、大阪勤務
   でペーパードライバーみたいなもの。  
    とても山の現場は無理だと。

    国道を1時間走り、工事用に拡幅した
    林道を走る。たしかに勾配があるも
    ののたいしたことない。
    大型車両が入るくらいだから
    そんなに酷くない。突然視界が
    開けて、立派な道路が出てきた。
    ここから2キロ先迄は出来ていて、
    今富山県側に12キロ工事してる。
    「行けるとこ迄行きますか。」
    2キロくらい走ると、突然林道に。
     とにかく狭いのと、勾配がキツイ。
   「一応富山側迄いけますけどね、
      後10キロ。ただこれだからね。」
     運転に問題はないが、単独で
     何かあればアウト。引き返した。

     仮設の現場事務所でお茶を飲む。
     この先はしばらく発注も無いという。
     「まあ年内には一時うちは、
        規模縮小します。」
     他の会社も同様らしい。
      うちは今から工事なので、
      おもいやられる。
      何時までこの田舎勤務なのか。
 
      つづく