マルティン・ルターの有名な言葉、「たとえ明日、世界が終わりになろうとも、私は林檎の木を植える。」――
今日を生き繋ぎつつ、貧血で座り込んだ子供さながら希死念慮の淵にしゃがみこみながら、無気力に頭が重くなったり、体が怠くなったりするのをやり過ごしている私には、この言葉がよく沁みます。
最近、小さなシクラメンの苗木を買いました。
毎朝6:30には起きて、暗い朝の陽光を窓から取り入れながら、「おはよう。」と一声かける。土が乾いているときには水をたっぷりやる。そうして起床と就寝の二度の機会に、シクラメンを「育てている」と実感することが、いまの私にとっては、何よりも生きていると感じることなのです。小さい苗木を育てることは、育てるという余裕を精神の中へと、自然な流れで組みこんでしまうところに、自分の心に植林することと同じように思います。
最近、仕事における心労負担が限度を迎えつつあるようで、ある日電車から降りられなくなり、職場に電話もできない状況に陥ってしまいました。管理職は温かく受け止めてくれたのですが、そんなことは例外の話でした。もちろん――こうなることは予期してましたが、それでも心苦痛をちょっとでも我慢することはできなかったのです――ふつうの同僚なら、「社会人として」規範破りを犯した私のことを、永続的で盲目的な右向け右に倣えなかった奇妙な愚か者として、冷たい目で見るものです。
その後、私から、かつてから苦手であった指導役が外されることになりました。その指導役は私の属するグループ全体(4人ほど)の研修も”率先して”行っていたので、自分の不快感にすなおな上司は――本来なら、私の味方になってくれる立場なのだけれど――「残念なことに」研修がこれからは行われないと、定期会のときに告げました。社会人の連帯感など、それくらいのものでしょうか。
つまりは、己の自然が目を覚ますにつれて、私の住んでいた環境が崩れていっている。
それはそうでしょう。いままでの姿や振る舞いが剥がれ落ち、どうしようも偽ることのできなくなった肥大化した自意識が、社会的連帯に属していた私をその繋がりもろともに揺り動かしているのですから。
私は自分の手ですら舵を取れなくなった難破船を、また誰かに任せたい。
でも、その舵を負担してくれる心優しき人たちは、ここにはいません。
言い方を変えると、心優しきというよりも「傲慢なほどに寛容な」人であり、それを社会に求めるのであれば、まず環境がその性質を持ち合わせていなければなりません。しかしながら、よっぽど特殊な職場でもない限り、そうした境遇などと巡り会うことはありません。
だから私は、夢を新しく作ることにしました。
本当に自分がしたいことと、おのがライフプランをぎりぎりまですりあわせるのです。そうすれば、夢はひとりでに実体を持ち始め、この現実に色濃く魅惑的な影を落としてくれるはずですから。
私は、究極的には、小さな庭のある瑣末な家で、家庭菜園をしたいと思っています。
私によって育てられる、野菜や花木を、一所懸命に育てたいのです。
ごはんと味噌汁を食べられるだけの賃金でくらし、自分の心を差し出さなくてもよい仕事に務め、植物を育てることを生の中心に据える。
これが、私のありのままの姿であって、原風景です。
何が賃金か。
何がかなしくて、「死ぬ気で働く」か。
何がたのしくて、自我の指針よりも社会倫理に合わせるか。
私は賃金を心の生に、労働は夢を支える柱にして、生きたいだけなのです。生き繋ぐような人生は苦しい。ただ、人生を過ごしていたいだけなのです。
これから先の未来は不透明です。
来週に予約したカウンセリングが、いまの生を照らす街灯になっています。どんなお話をして、どんな気持ちになって、どんなことを考えるのだろうか。とっても楽しみです。
そうして明日を生き繋ぐ手立てを、ひとつひとつ施してゆくことでしか、いまは生をたしかにするものがありません。私にとっての林檎の木とは、まさにそういうことなのでしょうか。
それではまた。