『イタリア紀行⑫』 マテーラへ | わさモンのブログ

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12月25日 (月)

 

アルベロベッロの観光を終えて、次なる訪問地の『マテーラ』に向けて9時45分に出発。マテーラまでの距離は約70㎞。

 

11時に『マテーラ』に到着し、少し早目の昼食となった。

「ペンネ」

「ポークのグリル」

イタリアには牛はいないのか!!牛肉にはお目にかかれない、安いツアーだから仕方ないと諦めましょう。

デザートは『ジェラート』

 

昼食後にガイドさんと合流、お名前はアンジェラさん。

 

『マテーラ』は『マテーラの洞窟住居』として世界遺産に登録くされている。マテーラにおいては洞窟住居のことを『サッシ』と呼ぶ。マテーラのあるグラヴィナ渓谷は石灰岩の浸食により形成され、渓谷にはこのサッシが何層にも重なっている。このサッシがいつ頃から作られたかは不明だが、8世紀から13世紀にかけて、東方よりイスラム勢力を逃れた修道僧が住み着き、130以上の洞窟を構えていたといわれる。

 

15世紀から16世紀には、オスマン帝国に追われたアルバニア人やセルビア人などが移住。その後、マテーラは1663年にパジリカータの州都となり栄えたが、州都がポテンツァにうつされ衰退していく。

 

長らく小作農民のじゅきょであったサッシは、南イタリアの貧しさの象徴的な見方をされてきた。19世紀までは比較的快適な住環境であったが、20世紀初頭より人口が急速に増加し、元々畜舎であった採光も水の流れも劣悪な洞窟も住居として使用されるようになった。そのため衛生状況も極度に悪化したので、行政当局は1950年代に法整備を行い、郊外に集合住宅を建設し、サッシ地区の住民を強制的に移住させた。その結果、サッシ地区は無人の廃墟と化した。しかし、150以上の石窟聖堂や3000戸ほどの洞穴住居、地下水路で各戸の貯水槽に上水を供給するシステムなど、ユニークな文化的遺産が見直されユネスコの世界文化遺産に指定された。これを契機に、観光客も増え、宿泊施設、食堂、工芸品のショップなどが増え、現在では住居の五分の一ほどが再利用されている。

 

マテーラの町に到着、昼食、その後に洞窟住居の見学に行く。

 

 

 

 

 

 

 

深い石灰岩の渓谷

 

洞窟住居の博物館?入場料は3ユーロでした。

 

 

 

 

 

 

 

湿気を避けるために、ベッドが床からは高い。

 

マテーラのガールフレンドとツーショット「アンジェラさん」

 

14時30分頃に「ナポリ」に向けて出発、ナポリまでは約265㎞。19時にナポリ到着し、夕食。

 

スープ、濃い味のトマトスープ、苦手

サーモンでした。イタリアの南の方に来て「サーモン」とは・・・

 

ナポリに到着し、早く寝る、熱があるようだった。