11月24日 (日) 晴れ
6時にモーニングコール、6時30分から朝食
今朝もよく食べた、食べ過ぎの感あり
日の出が美しい
7時30分にバゲージを出す、8時にポンペイに向けて出発。
ローマからポンペイまでは約240km。
車窓に『ベスビオス火山』が見えてきた。
ポンペイの駐車場に到着、「笠松」の並木が美しい
西暦62年2月5日、ポンペイを襲った激しい地震によりポンペイとその周辺は大きな被害を受けた。ポンペイの町はすぐに立派に再建されたが、その再建作業も完全に終わらない79年8月24日の午後1時頃にベスビオス火山が大噴火し、一昼夜にわたって火山灰が降り続けた。
翌5日(噴火から12時間後)の噴火末期に火砕流が発生し、ポンペイは一周にして完全に地中に埋まった。火山灰の降下はその後も続いた。
地中海に突き出したイタリア半島の南側、ナポリ湾に面するポンぺイは美しい海岸線と富士山のようにそびえるベスビオス山に挟まれた風光明媚な土地。古代ローマの別荘地として栄えた。
ベスビオス火山の噴火によって、地中にのみこまれ絶滅した。噴火によって絶滅した後には二度と集落が形成されることはなかったが、その後1000年以上「町」という地名でよばれた。散発的に古代の品が発見されたので、地中に町が埋まっていることは知られていた。
1748年にポンペイが再発見され、建造物の完全な形や当時の壁画を明らかにするために発掘が行われてきて、現在も発掘が続けられている。地中から次々と現れるローマ時代の遺品の美しさに世界が驚愕したが、その美しさの秘密は実は火砕流堆積物にあった。火砕流には乾燥材に用いられるシリカゲルに似た成分が含まれ、湿気を吸収した。この火山灰が町全体を隙間なく埋め尽くしたため、壁画や美術品の劣化が最小限に食い止められたのであった。ポンペイの悲劇が皮肉にも古代ローマ帝国の栄華を今に伝えることとなった。
ポンペイに到着して最初に行ったのが「カメオの店」
私はまったく興味なし!!
いよいよ『ポンペイ遺跡』の見学
2000年近く前に、こんな石造りの町をつくっていたのですね、ローマ帝国は凄い。
入り口
ベスビオス火山が見えます、この山の噴火で壊滅したのです。
道路には石の舗装、道路には馬車の通った轍が残っていました。
神殿だったのかな??
広場
ポンペイの彼女です。名前は「エンカ」さん、演歌ではありません。
壁に描いた絵、色彩が残っています
マーケット街、いろいろな店が軒を連ねていたようです。
広い道路舗装
ローマ人は浴場が大好き
お風呂
豪華な浴場です
脱衣棚
通路にもこのような模様が
パン屋の粉挽用の石臼
モザイクな床
貴族の館跡
火砕流で亡くなった人の模型
火砕流で亡くなった犬、もがき苦しんだ様子が見て取れる
ワインを貯蔵していた瓶、ワインの名産地だったようです。
ポンペイ遺跡の見学を終えて昼食
魚介のパスタ
エビ、イカなどのフリッター
昼食を終えて、14時30分にポンペイを出発し、アルベロベッロに向かう、約320km。
19時30分、アルベロベッロに到着し、夕食。
耳たぶのパスタ
グリルチキン、アンチョビソース
フルーツ、但し、これを4人で分ける。
ホテルに入り、バスタブにお湯を張るも温度上がらなかったので、入浴は止めて、洗面・歯磨き・足洗い程度で早く寝る。
気管支の具合悪し。






















































