11月17日(月)
いつもの月曜日のように『太極拳』から始まった。
午後は、『笠鉾みてさるくウィーク』のガイドをしました。
役割は、案内所に待機し、お客様の質問に答えたり、
商店街に展示している笠鉾のガイドをすることです。
案内所は商店街のほぼ中央にあり、来場者にお茶の
接待をしたり、『妙見祭グッズ』を展示・販売しています。
いろいろ妙見祭関連商品があります。
これは『ガメロンパン』です。
妙見祭の人気者の『亀蛇(通称・・ガメ)』+メロンパン
笠鉾は九基ありますので、今日から、順次紹介します。
その前に、笠鉾の歴史についてのお勉強です。
昔の人々は、榊や御幣、山や笠、鉾などにには神聖な力が
宿り、神様の乗ったお神輿が神幸する際、その行く手を
清めたり、お神輿にお供して神様をお守りしたりすることが
できると考えていた。
こうした出し物は、全国各地にあり、山鉾、山笠、曳山、山車、
屋台などと呼ばれ、形も大きさも様々ですが、総じて豪華な
彫刻や蒔絵、高価な染織品を用いた懸装品(けそうひん)
など、贅を尽くして飾られている。
妙見祭に笠鉾が出されるようになったのは、江戸時代の
天和・貞享(1681~1687)の頃といわれ、はじめは簡素な
つくりだったのが、20年ほどの間に豪華になっていったよう
です。
もともとは、一人で持つ大きな傘型だったようで、現在でも
傘のように一本の柱に支えられた構造になっている。
『西王母』(せいおうぼ)
『西王母』は、謡曲『西王母』に登場する美しい仙女で、
治世がよく行われていることを讃えて皇帝に三千年に一度
しか実を結ばないという仙桃を捧げて舞うと云うおめでたい
物語です。
延享元年(1744年)にこの笠鉾が作られてと考えられている。
そして、この笠鉾は、旧八代城下町の「通町」(江戸時代は新町)
から出されています。
次には『蘇鉄』を紹介します。
笠鉾『蘇鉄』は、旧八代城下町の『二之町』から出されています。
二之町は、町の中央を南北に薩摩街道が通り、町名の由来は、
八代城下建設時に本町、二之町に配しきれない町衆に割り当て
られた町屋街であったことによると云われている。
蘇鉄は、枯れても焼けた釘で打てば蘇るといわれ、不老不死・
起死回生の霊木です。
また、葉の形が鳳凰の尾羽に似ているところから『鳳尾蕉』の
別名がある。
鳳凰は優れた為政者が現れたとき姿を表すといわれ、家門の
繁栄、太平の象徴です。
明和元年(1764年)の記録によれば、この頃、すでに現在の
ような蘇鉄の笠鉾が出されていました。
本日の歩数 14683歩。
夕方、市役所から
“依頼されていた桜の苗木を明日お届けします”との電話があった。
急な電話だったので、山の会の人達と相談し、21日(金)に植樹
することとなった。
それまでの3~4日、私の家で苗木を預かることとなった。
大丈夫かぁ~~!!























