「コオロギパン」がSNSで話題になり、
パンの大手メーカーさんが「訴える」と言われていたが、「食」というのは見た目やイメージというのがとても大切だと思う。
今まで努力して培われた信用を、コオロギ補助金の為に一気に信用失墜されたのは、SNSが悪いのではなく、パンメーカーさんの「食」に対する見識の甘さなのだろう。
私もこのパンメーカーさんのファンだったが、他のパンにもコオロギパウダーが混じっているのではないかと疑って、最近はこのメーカーさんのパンを全く買わなくなった。

だって・・・気持ち悪いんだもん😰

これって、理屈じゃなくて、生理的に受け付けられないって事なのよ🤮





純真無垢だった小学校5年生の時、私はとても素晴らしい先生と出会った。

富山県南砺(なんと)市に安居(やすい)と言う所がある。
正確には「やすい」なのだが、親しみを込めて地元の人達は「やっすい」と呼んでいる。

この安居に知る人ぞ知る「安居寺(あんごじ)」と言う霊験あらたかな寺がある。
聖武天皇の勅命を受けて高僧行基が伽藍を作り、仏像を彫り秘仏として納められている。


小学校5年の時に学校行事で写生大会というのがあり、お弁当持参で小学校から子供の足で40分ぐらい歩いて、この安居寺に写生大会にきた。

私は仲良し3人組の友人と一緒に写生を始めた。
私と一人の友人は樹木に囲まれた大わらじのある山門を描いた。

不思議な事に、もう一人の友人は反対向きの、ただ木が林立している何もボイントのない方を向いている。



絵を描くのが得意だった私は、鉛筆✏️での下書きを終えて、ふと後ろ向きに座っている友人の画用紙を見た。
1時間位たっているのに、友人の画用紙は真っ白だった。
なんだか見てはいけない物を見てしまったようで、あわてて視線をずらした。

絵を描くのが大好きな私には、写生大会はとても楽しい学校行事だが、苦手な子にとっては楽しくない1日だったんだろう。

集合時間になり、それぞれ出来上がった作品を画板に裏向きにして、ザワザワと帰路についた。

数日後、クラスの先生が皆の前で、作品を一点一点見せて感想を言われた。
決して悪く言わず、必ず作品の良い点を見つけて、子供の意欲を伸ばす言葉かけだった。
40代の男性教師で、僧侶と掛け持ち「2足のわらじ」の先生だった。


私の友人の絵を先生が皆に見せた時、
「ワ~~」とあざけりの含んだ笑いがクラス中に沸き起こった。
友人は真っ赤な顔して、じっと下をうつむいていた。
私は笑わなかったが、画用紙一杯に1本の木が描かれてあるだけの絵は、正直驚いた😱❕

先生はその絵を、腕一杯に伸ばし、じ~~~と真剣に見つめていた。

あまりに先生の真剣な様子にクラスの子供達は、今度は水を打ったようにシ~ンと静まりかえった。


「いい絵だなあ~~」

「心が洗われるような、いい絵だなあ~」

先生は、まるで名画を観るように、その友人の「一本の木」が描かれた絵を真剣に見つめていた。

不思議な事に、だんだんクラス中、何だかマジックにかかったように、友人の絵がとんでもない素晴らしい絵に見えてくる。
大きな声であざけり笑った男の子も真剣に友人の絵を見つめている。

私は絵画が描くのも観るのも好きだ。
分野は違うが、終生「もの作り」に携わってきた。

上手い、器用な事は大事な事だが、
それ以上に大事な事は、それぞれの持って生まれた個性、溢れんばかりの感性なのだろう。
それを潰さない教育を真剣に考えなければいけない時代が来ているように思えてくる。







石川県(金沢市)は旧暦に合わせて、お雛様を4月3日まで飾っている。

我が家のお雛様は、母の実家の祖父母が用意してくれたので、もう65年位の古いお雛様だ。

三人官女の内の一体の鼻が、私が物心ついた時から、既に欠けていた。
小さい時、母にどうして欠けたのか聞いたら「ネズミにかじられた。」と答えた。

ずっと長年そのままにしておいたのだが、思い立って直そうと思った。
孫の紙粘土と木工ボンドとへらで、一時間位悪戦苦闘した。







どうやら、失敗したようだ😵💧
ゴメンネ💦ゴメンネ💦






働けど働けど我が暮らし楽にならざりし




一体どんな廃棄方法をしているのだろう。









保育園から高校まで、ずっと一緒だった幼なじみが全身ガンになり、
同級生の男性で一番の出世頭で、大企業の社長になり大活躍されていると思っていたら、突然死されていたと聞き、
何か、命について最近あれこれ考えさせられる。

朝方、暗い内に目が覚め、朝日に向けてお祈りをしようと思い外にでる。
パジャマのまま、カーディガンを羽織り、ツッカケのまま外に出たものの、
徘徊しているオバアサンに間違われるお年頃なので、一旦家に帰り着替えて出直した。

闇夜から朝日が出る前の、ほんの数分の間、空は瑠璃色にそまる。

夕日の時間帯は、「西方浄土」と言われ阿弥陀如来様ワールドになり神秘的だが、
朝日の登る前の瑠璃色に空が染まる時間帯は「瑠璃光浄土」と言われ、薬師如来様ワールドになり、非常に神秘的な時間帯だ。





薬師如来様は右手✋で病気を癒し、左手にはお薬の入った壺(正式な名前は解らない)を持っていらっしゃいます。

薬と言っても、今のような胡散臭い遺伝子組み換えのような神、仏に反する悪魔ティックな薬ではなく、自然由来のものだと想像する。




私はどんな身体の病気も、心の病気も、
最終的に人を癒すのは「愛❤️」だと思っている。
薬師如来様の右手✋は、「慈愛」を象徴している。



世界中皆平等に「瑠璃光浄土」は訪れてくる。