銀座を歩いたのは、今年のお正月休みが初めてだった。
銀座というと、何だかセレブの街と思っていたが、欧米人やアジア人が沢山行き交い庶民的な香りがして、長年いだいていたイメージと相当違っていた。
敬愛しているブロガーさんが、「銀座は変わったな。何だか昔に比べて汚なくなったような・・・」と表現されていたのを思いだした。
しかしながら、今から考えるとコロナウィルスと言う言葉すら知らず、海外の方達が笑顔で行き交う銀座は、何と幸せな銀座の光景だったのだろう。
一人の50代位の欧米の男性が、キャノンの一眼レフで、ビルを熱心に撮影していた。
そのビルは朝日を受けて、金色に輝いていた。
金色のビルはヤマハのビルで、初めて見たはずなのだが、
前にどこかで見たような気がした。
ああ、デジャヴってことね・・とその時は、そう納得した。
家に帰ってから、撮った画像を見ていて
ハッ

と気がついた。
そういえば、地元の番組で、7~8年位前に放送していたことを思いだした。
このビルのファサード(建物の正面)ガラスは、金沢の金箔職人により、箔を細かくした砂子が蒔かれている。
95cm ×95cm のサイズの1枚1枚手仕事で、この「金箔合わせガラス」が使われている。
濃淡がランダムに金箔が蒔かれあり、
それが正面全体にリズム感を感じさせ、
また、日本的な美意識を感じさせる。
私の両親も、金箔の製造をしていた。
母が亡くなって、形見分けに、道具と元になる金を少しもらった。
どんな伝統工芸品でもそうなのだが、
気の遠くなるような根気、忍耐が必要な職人仕事である。
柿渋と藁の灰汁につけた和紙を、何ども叩き仕込んだ箔打ち紙に、紙位の薄さの金を挟み、それを強い力で叩き金を打ち延ばす。
機械で叩くのだが、とんでもない大きな音がする。
高校のころは、だいたいこの音で目が覚めた。
大きな金箔になるまで、1度紙に挟み代えをする。
これもまた気の遠くなるような仕事だ。
出来た金箔は、キラキラ✨と美しい。
しかし、キラキラと光輝くだけでなく、金箔は奥深い妖しさもたたえている。
その妖しさの秘密は、金箔が言葉で表現出来ない、深い神秘な青緑色に透けるところにある。
この画像はお借りしたものだが、
母はとても腕のいい職人でこの色より、より緑がかった美しい光をたたえていた。
高校生だったころの私は、いつも母の金箔を透かして、その神秘的な色に魅了され憧れていた。
銀座のビルのように、素敵なビルに金箔が使用されるとは、その頃は思ってもいなかった。
初孫のいっちゃんは、娘の嫁ぎ先で100日のお食い初めが終り、日に日に表情も豊かになってきました。
88才のひいおばあちゃんに、手をつないでもらって、初めての味にテンションマックスでした。
嫁ぎ先から、「お煮しめをお願いね!!」
と、頼まれて・・・
頑張りました~
たかがお煮しめ・・ されど・・ふぅ~~
私の人生でこれほど気の使ったお煮しめは初めてだす。
どうやら、いっちゃんはお風呂が大好きなようです。
こういう純粋な笑顔に触れると、私は自分の汚れちまった心を深く反省してしまいます。
いらなくなった私の金のネックレスを交換所に持って行く時、
夫から「せいぜい2~3千円だろう」と言って預った、やたら金色に光る小さなメダルが、何とイチキュッパだったのです。
19800円でなく198000円🎉🎉🎉だす‼
私の本音は・・・
「やっぱ予想通り2~3千円だったよ~」って夫に言って、ネコババしたいです

大型台風🌀ものすごく心配です。
どうか甚大な被害がありませんように・・










