●「甲子園フォントプロジェクト記念モリサワデー」として開催され、パラ陸上東京パラリンピック金メダルの佐藤友祈(34=モリサワ)がファーストピッチに登場。車いすからワンバウンドでの投球を披露し笑顔をみせた。佐藤は東京パラリンピックでは男子 400メートルと1500(車いすT52)の2冠を輝き、今年 8月に開催されるパリパラリンピックで2大会連続での金メダル獲得が目標。 5月に行われるパラ陸上世界選手権(神戸・ユニバー記念競技場)への出場を前に抱負を語った。この日の試合は佐藤選手の所属先で大阪市内に本社を持つ、株式会社モリサワが初めて協賛。創業者が開発した、独自の印刷技術「邦文写真植字機」の発明と甲子園球場の開場がそれぞれ100周年を迎えることから実現した。
●何度も何度もピンチが襲い掛かった。それでも、師匠から学び、鍛え抜いた〝最強の盾〟ではね返した。つかみ取った価値ある485勝目。岡田彰布監督(66)は何度も何度もベンチで白い歯をのぞかせた。猛攻に耐え、ワンチャンスをモノにし、再び耐える。まさしく、守り勝った一戦だ。 2回は無死 3塁の大ピンチ。先発の伊藤将司投手(27)が岸田行倫捕手(27)を三振に斬り、一死としたところで虎将はベンチから前進守備の指示を飛ばした。この 1勝で吉田義男氏(90=日刊スポーツ客員評論家)を超え、球団歴代単独2位の485勝目を刻んだ。指揮官は現役時代、吉田氏から再三、守りの重要性を説かれている。1985年には吉田監督のもとで球団初の日本一も経験。恩師から学んだ〝守り勝つ〟野球で、恩師を超えた。そんな〝吉田の教え〟は、〝岡田の教え〟となってナインに浸透している。監督勝利数の球団歴代1位・藤本定義氏(76歳没=514勝)まで、あと29勝。猛虎打線は必ず復活する。そのときまで、虎将は守り勝つタクトをふるい続ける。愛弟子が勝利を運んだ。 3回二死 1、 2塁で3番森下翔太外野手(23)が中越えの2点適時2塁打。この先制打が決勝点となった。岡田第 2次政権の「ドラフト1期生」で1位指名を受けた男が、バットで甲子園を沸かせた。17日は1985年(昭60)の同日に3番R.バース氏(70)、4番掛布雅之氏(68)、5番岡田彰布氏(66)の「バックスクリーン3連発」が生まれた伝説の記念日。今年は「甲子園&巨人戦&水曜日&ナイター」のすべてが39年ぶりに重なる巡り合わせだった。3番森下、4番大山悠輔内野手(29)、5番佐藤輝明内野手(25)と令和のクリーンアップは全員ドラフト1位。3番の若武者が、かつての先輩たちも躍動した聖地で、新時代の主役であることを証明してみせた。連勝。相性の良さも発揮した。夏のイベント「ウル虎の夏」で着用する限定のグリーンユニホームをお披露目する3連戦。前夜は降雨コールドゲームで引き分けに終わっていたが、この日は 4万2585人のファンに勝利を届けた。
●ABC朝日放送が粋な演出で“伝統の一戦”を盛り上げた。
 この日は、39年前の1985年(昭60) 4月17日に「伝説のバックスクリーン3連発」が生まれた同じ日で、同じ曜日だった。そこで85年入社の中邨雄二氏(62)、伊藤史隆氏(61)の両シニアアナウンサーが実況担当に起用された。当時の 2人は新人として社内研修中だったが、今や“全国区”の名物スポーツアナウンサーとして知られる。この日の地上波放送は若手の福井直人アナウンサーが実況を担当。それぞれが熱いトークでメモリアルを伝えた。
●先発した伊藤将司投手は 6回6安打無失点。再三のピンチを招くも粘りの投球で巨人打線を抑えた。 1回は一死 1、 2塁のピンチから4番・岡本和真内野手(27)、5番・坂本勇人内野手(35)を抑えて無失点で切り抜ける。 2回は無死 3塁の大ピンチ。それでも岸田を空振り三振に仕留めると、吉川尚は 2ゴロ。 2塁・中野の好守にも助けられ、 3走をホームタッチアウトに仕留めた。 2- 0と先制した直後の 4回は無死満塁のピンチ。ただ、吉川尚を 1ゴロ、赤星優志投手(24)を三振、そして萩尾匡也外野手(23)を 1ゴロとホームを踏ませない。 6回にも 2塁まで走者を進められた伊藤将は6イニングで 4度得点圏のピンチを背負う。毎回走者を許しながら、粘りの投球でスコアボードにゼロを並べ、今季2勝目の権利を持ってリリーフ陣に後を託した。伊藤将は今季初登板だった 3日の横浜DeNA戦(京セラ)、前回登板の10日の広島戦(甲子園)でいずれも初回に失点。課題にあげていた立ち上がりを切り抜け、ここからギアを上げていく。
●梅野隆太郎捕手(32)が伊藤将の投球をたたえた。左腕は前回 2回6失点と崩れただけに、汚名返上に心を燃やし、良さを引き出した。西勇輝投手(33)が先発する18日の巨人戦に向けて話した。
● 7回に登板した桐敷拓馬投手(24)が好救援した。二死 2塁を招き、一発同点の場面で岡本和との対戦を迎えたが、外角低めへの 149キロで見逃し三振に退け胸を張った。登板2試合連続での2ホールド目と、結果を積み重ねている。
●岩崎優投手(32)は 8回を任され、淡々と無失点。坂本、丸の強打者コンビをフライアウトに仕留めると、代打・オコエ瑠偉内野手(26)には遊撃内野安打で出塁されたが、吉川を 3ゴロに斬って仕事を完了させた。ハビー・ゲラ投手(28=前レイズ)とのWストッパーで、4ホールド目を挙げた。
●ゲラは 9回を締め、3セーブ目を挙げた。先頭・大城卓三捕手(31)の遊ゴロ、萩尾から奪った空振り三振はともに 156キロ。最後のD3位・佐々木俊輔外野手(24=日立製作所)はこの日最速の 157キロで詰まらせ、遊ゴロに斬った。
●中野拓夢内野手(27)が、先発伊藤将司投手を救うビッグプレーを決めた。 2回表の守備。先頭の丸佳浩外野手(34)に右中間への 3塁打を許した。その後、一死 3塁となり、吉川尚輝内野手(29)の打球は 2塁へ。前進守備を敷いていた中野は体勢を崩しながら逆シングルで捕球すると、ホームにストライク送球し、滑り込んだ 3塁走者丸をタッチアウトに仕留めた。
●走りながら打球を見る森下翔太外野手の目に、足を滑らせる中堅手が映った。いつもと違う〝なにか〟が起きるとき、甲子園が持つ物語が顔を出す―。伝説のバックスクリーン3連発の日に、予期せぬ得点劇。中飛で攻撃終了かと思われた森下の一打が、先制の 2点 2塁打となった。
 二死から近本が14打席ぶりの安打で出塁し、中野も右前打で 1、 2塁のチャンス。森下はフルカウントから赤星の 105キロ直球を捉えると、打球は中堅へ。白球を一度はばっちり視界にとらえていた中堅手の佐々木だったが、芝に足をとられたのか、つまずいて打球はそのまま頭上を破った。森下は勢いそのままに 3塁を狙うもアウト。それでも、チームにとって 3試合ぶりの先制点を生んだ。 4月17日は1985年に3番・バース、4番・掛布、5番・岡田のバックスクリーン3連発が生まれた、虎党にとって伝説の記念日だ。今年は水曜日、甲子園、巨人戦と、当時と同じ条件が39年ぶりにぴったり重なり、再現の舞台が整った。一方、今季のクリーンアップは苦しみの最中にある。日本一を果たした昨季と同じ並びの 3人がつながりを欠き、8試合連続で2得点以下と打線全体が乗り切れていない。重い現状を打破するにはうってつけのメモリアルデーに奮起が期待される中で、森下がどんな形であれ結果を出した。10日の前回登板(広島戦、甲子園)で2回6失点と打ち込まれた先発・伊藤将も、ピンチを招きながら 6回無失点で試合を作った。
●阪神の4番・大山悠輔内野手は 6回一死 1、 2塁で遊ゴロ併殺打に倒れるなど2打数無安打1四球。開幕から自己ワーストタイの67打席ノーアーチとなった。過去 7シーズンで123本塁打を放ってきた男の目覚めの一発が待ち望まれる。
●西勇輝投手は18日巨人戦に先発する。相手先発の菅野智之投手(34)は 1歳年上。19年まで4年連続で自主トレをした間柄だ。直接対決は21年10月13日(東京ドーム)以来、3季ぶりで、今回が 4度目の投げ合い。前回登板の11日広島戦は、 8回5安打無失点と好投も勝ち負けはつかず。本拠地で今季1勝目をつかむ。
●髙橋遥人投手(28=亜細亜大學OB)が先発し、けがからの復帰登板を果たした。予定の 1回を投げて1安打無失点だった。先頭の杉沢の鋭いライナーは、素早い反応で自らつかむ。登板前日の16日も、この日の試合前の練習もそわそわしていたというが、落ちつくうえでこの一死は大きかった。続く山足には右前に運ばれたが、ドラフト1位・横山聖哉内野手(18=上田西高)は粘りにも負けず、ツーシームで空振り三振。4番・コディ・トーマス(29=前アスレチックス)も遊ゴロに抑え、スコアボードにゼロを刻んだ。2022年 4月に左肘のトミー・ジョン手術を受け、昨年 6月には「左尺骨短縮術」および「左肩関節鏡視下クリーニング術」を実施。リハビリ生活を経て、今回が2021年11月 6日のクライマックスシリーズ・ファーストステージ、巨人戦(甲子園)以来、実に 893日ぶりとなる実戦登板だった。最速 147キロを計測した直球などはまだまだ高いレベルを求めるが、大きな一歩を踏み出した。決して〝高跳び〟はさせない。暗黒時代と呼ばれた時期からタテジマを背負ってきた。真新しいマウンドが髙橋のリスタートの場。和田豊 2軍監督(61)の熱く、優しいメッセージがあふれていた。21年11月 6日のクライマックス・シリーズ第 1ステージ巨人戦(甲子園)以来となる、実戦マウンド。スタンドには背番号29のユニホームを着たファンも散見された。多くの期待を背負いながら、支配下復帰へ向けリスタートを切った。

記事をまとめてみました。

 

 

 <阪神 2- 0巨人>◇ 5回戦◇阪神 2勝 2敗 1分◇17日◇阪神甲子園球場
 「甲子園フォントプロジェクト記念モリサワデー」として開催され、パラ陸上東京パラリンピック金メダルの佐藤友祈(モリサワ)がファーストピッチに登場。車いすからワンバウンドでの投球を披露し「かなり緊張しました。一発勝負ということで、ちょっと力みすぎて。80点くらいです」と笑顔をみせた。


 ファーストピッチセレモニーで投球するパラ陸上選手の佐藤友祈氏=阪神甲子園球場
 岡山県在住で「周りにもタイガースファンの方が結構多い。私自身も大山選手に競技に対する姿勢やマインドに近いものを感じていて、応援させてもらっています」と明かした。
 佐藤は東京パラリンピックでは男子 400メートルと1500(車いすT52)の2冠を輝き、今年 8月に開催されるパリパラリンピックで2大会連続での金メダル獲得が目標。 5月に行われるパラ陸上世界選手権(神戸・ユニバー記念競技場)への出場を前に「世界選手権ではマキシム選手が金メダル最有力候補と捉えられていますけど、マキシム選手に土をつけられるように調整していきたい」と抱負を語った。


 ファーストピッチセレモニーをつとめた佐藤友祈氏=阪神甲子園球場
 東京2020パラリンピックの車いす陸上の 400メートルと1500メートルで金メダルに輝いた佐藤友祈(34)が、ファーストピッチセレモニーに登場した。
 金メダルを 2つ首から下げながら投球。投球はワンバウンドになったが、「皆さんはスリーバンぐらいで投げるイメージでいたのかも」と安堵(あんど)の表情を見せた。
 この日の試合は佐藤選手の所属先で大阪市内に本社を持つ、株式会社モリサワが初めて協賛。創業者が開発した、独自の印刷技術「邦文写真植字機」の発明と甲子園球場の開場がそれぞれ100周年を迎えることから実現した。


 何度も何度もピンチが襲い掛かった。それでも、師匠から学び、鍛え抜いた〝最強の盾〟ではね返した。つかみ取った価値ある485勝目。岡田監督は何度も何度もベンチで白い歯をのぞかせた。
 「もう、 2点しか入らないからね。伊藤(将)も、あんまりよくなかったんだけど、本当、守り勝ちというか、本当、しのいでしのいで、そういうゲームだったですね」
 猛攻に耐え、ワンチャンスをモノにし、再び耐える。まさしく、守り勝った一戦だ。 2回は無死 3塁の大ピンチ。先発の伊藤将が岸田を三振に斬り、一死としたところで虎将はベンチから前進守備の指示を飛ばした。


 巨人に勝利し、ゲラ投手(00番)ら選手をたたえる岡田彰布監督(左から 2人目)。虎歴代単独2位の485勝目を手にした=阪神甲子園球場
 豊富な経験値から導き出した〝答え〟はさえわたる。吉川の打球を 2塁・中野が好捕し、ホームへストライク送球。 3走・丸をタッチアウトに仕留めると、先制直後の 4回は無死満塁と絶体絶命も、 1塁・大山が 2度のゴロをさばくなどして無失点。盤石のリリーフ陣もホームを踏ませず逃げ切った。
 この 1勝で吉田義男氏を超え、球団歴代単独2位の485勝目を刻んだ。「あぁ、それはまだね。試合あるんで、それはまあ、あまり関係ないですね」と、ニヤリと笑った。指揮官は現役時代、吉田氏から再三、守りの重要性を説かれている。1985年には吉田監督のもとで球団初の日本一も経験。恩師から学んだ〝守り勝つ〟野球で、恩師を超えた。


  1回表を無失点で切り抜け、ベンチで笑顔を見せる岡田彰布監督=阪神甲子園球場
 そんな〝吉田の教え〟は、〝岡田の教え〟となってナインに浸透している。この日も好守でチームを救った中野は「守備でリズムを作る」、「守備で勝てたら大きい」と何度も口にするようになった。昨年、日本一に輝いた一番の要因といっても過言ではない守りへの意識。現状、チームは 9試合連続で 2得点以下と貧打に苦しむ。だからといって勝てないわけではない。岡田監督はナインの〝守〟をたたえ、〝攻〟の奮起を促した。
 「今のこの成績にいてるっていうのは投手陣の頑張りだし、僅差のゲームで守りの方もしのいでしのいでというね、そういうのを続いてるけど、そこを乗り切ればね、もうちょっと楽なゲームできると思いますね」
 監督勝利数の球団歴代1位・藤本定義氏(514勝)まで、あと29勝。猛虎打線は必ず復活する。そのときまで、虎将は守り勝つタクトをふるい続ける。


  2回、吉川尚輝内野手の打球を捕球し本塁に送球する中野拓夢内野手=阪神甲子園球場

 阪神が接戦を制した。岡田彰布監督は、虎の監督通算勝利数を485勝とし、恩師でもある吉田義男氏(日刊スポーツ客員評論家)が挙げた484勝を超え、球団歴代単独2位となった。
 愛弟子が勝利を運んだ。 3回二死 1、 2塁で3番森下翔太外野手が中越えの2点適時2塁打。この先制打が決勝点となった。岡田第 2次政権の「ドラフト1期生」で1位指名を受けた男が、バットで甲子園を沸かせた。
 17日は1985年(昭60)の同日に3番バース、4番掛布雅之、5番岡田彰布の「バックスクリーン3連発」が生まれた伝説の記念日。今年は「甲子園&巨人戦&水曜日&ナイター」のすべてが39年ぶりに重なる巡り合わせだった。3番森下、4番大山悠輔内野手、5番佐藤輝明内野手と令和のクリーンアップは全員ドラフト1位。3番の若武者が、かつての先輩たちも躍動した聖地で、新時代の主役であることを証明してみせた。


  2回、吉川尚輝内野手の二ゴロで本塁生還を試みた丸佳浩外野手をタッチしてアウトにする梅野隆太郎捕手=阪神甲子園球場
 先発伊藤将司投手(28)は耐えに耐えて2勝目をつかんだ。 6回6安打無失点。毎回走者を背負うも、要所を締めた。 4回には無死満塁のピンチもあったが、ゼロで切り抜けた。甲子園での巨人戦はこれで磁針
 連勝。相性の良さも発揮した。
 夏のイベント「ウル虎の夏」で着用する限定のグリーンユニホームをお披露目する3連戦。前夜は降雨コールドゲームで引き分けに終わっていたが、この日は 4万2585人のファンに勝利を届けた。
 チームは3位に浮上。これで7勝8敗2分けで借金完済まで、あと1勝となった。

▼阪神が 4月17日の巨人戦に勝ったのは、バックスクリーン3連発の出た85年以来39年ぶり。13、15、22年と3連敗していた。
▼阪神は 4月 7日東京ヤクルト戦から、 9試合連続で2得点以下。球団ワーストは10試合で、59年と12年の 2度ある。18日巨人戦も2得点以下なら最長タイとなる。


  7回、笑顔の阪神・岡田彰布監督=阪神甲子園球場
 阪神の 7回の攻撃時、ハプニングが起こった。先頭の佐藤輝が 2ゴロに倒れて一死となった直後。「ただいま、申告敬遠がありましたので…」。球場アナウンスが次打者の前川に代打・ノイジーのジェスチャーを見間違えてアナウンスをしたようだった。走者なしでの申告敬遠を聞いた球場からは大きなざわめきが起こり、ベンチの岡田、阿部両監督は苦笑いを浮かべていた。

 巨人に勝利した岡田彰布監督はトラッキーとハイタッチする=阪神甲子園球場
 阪神は巨人に完封勝利。岡田彰布監督は阪神の監督での勝利数を485とし、吉田義男氏の484勝を超えて単独2位となった。試合は先発の伊藤将司投手が粘りの投球で試合を作る。 2回無死 3塁、 4回無死満塁など再三ピンチを背負ったが要所を占め、 6回 102球で無失点で踏ん張った。打線は 0- 0で迎えた 4回。二死走者なしから近本、中野の連打でチャンスを作り、森下が放った中堅の頭を越える 2点 3塁打が決勝点。1985年にバース、掛布、岡田がバックスクリーン3連発を放った伝説の日に3連打で勝利を収め、引き分けを挟んで2連勝とした。

 


 3回裏阪神二死 1、 2塁、森下翔太外野手は中適時 2塁打を放った=阪神甲子園球場
 ABC朝日放送が粋な演出で“伝統の一戦”を盛り上げた。
 この日は、39年前の1985年(昭60) 4月17日に「伝説のバックスクリーン3連発」が生まれた同じ日で、同じ曜日だった。そこで85年入社の中邨雄二氏、伊藤史隆氏の両シニアアナウンサーが実況担当に起用された。
 当時の 2人は新人として社内研修中だったが、今や“全国区”の名物スポーツアナウンサーとして知られる。ABCラジオを実況した伊藤アナウンサーは現場で「60歳を過ぎても、こういう場に立ち会うことができてありがたいです」としみじみと語った。
 「当時はテレビが植草貞夫さん、ラジオが武周雄さんの実況でしたが、後で振り返っても、 1本、 1本が素晴らしい放送だと思いました。あの年は阪神もまだ試合数が少ないし、乗り切れていなかったですが、あの一戦が起爆剤になりましたね」


  4回表巨人二死満塁、大山悠輔内野手(左)は萩尾匡也外野手の 1ゴロを好捕し伊藤将司投手とタッチをかわす=阪神甲子園球場
 またBS朝日の実況を担当した中邨アナウンサーは、ゲスト解説の当時4番打者だった掛布雅之氏と軽妙に語り合った。
 「バックスクリーン3連発は翌日のスポーツニュースで知りました。隔世の感がありますね。あの一戦が山本和さん、球道(中西清起氏)のWストッパーが誕生した記念日のようなものでした。そういう、えにし(縁)を感じてもらえるような放送ができればと思います。3連発は難しくても、3者連続ヒットぐらいは見たいですね」
 この日の地上波放送は若手の福井直人アナウンサーが実況を担当。それぞれが熱いトークでメモリアルを伝えた。

 

 先発した伊藤将司投手は 6回6安打無失点。再三のピンチを招くも粘りの投球で巨人打線を抑えた。 1回は一死 1、 2塁のピンチから4番・岡本和、5番・坂本を抑えて無失点で切り抜ける。 2回は無死 3塁の大ピンチ。それでも岸田を空振り三振に仕留めると、吉川尚は 2ゴロ。 2塁・中野の好守にも助けられ、 3走をホームタッチアウトに仕留めた。 2- 0と先制した直後の 4回は無死満塁のピンチ。ただ、吉川尚を 1ゴロ、赤星を三振、そして萩尾を 1ゴロとホームを踏ませない。 6回にも 2塁まで走者を進められた伊藤将は6イニングで 4度得点圏のピンチを背負う。毎回走者を許しながら、粘りの投球でスコアボードにゼロを並べ、今季2勝目の権利を持ってリリーフ陣に後を託した。

 先阪神発の伊藤将司投手=阪神甲子園球場
 阪神の先発・伊藤将司投手が課題の立ち上がりで球数を擁しながらもゼロを刻んだ。 1回先頭の萩尾は遊ゴロ。ヘッドスライディングに巨人ベンチがリプレー検証を要求も判定は変わらなかった。しかし、続くD3位・佐々木(日立製作所)、門脇に連打で一死 1、 2塁のピンチ。岡本和を左飛に仕留めると、坂本はフルカウントから 2直に仕留めて何とか無失点で切り抜けた。伊藤将は今季初登板だった 3日の横浜DeNA戦(京セラ)、前回登板の10日の広島戦(甲子園)でいずれも初回に失点。課題にあげていた立ち上がりを切り抜け、ここからギアを上げていく。


  1回、阪神先発・伊藤将司投手は岡本和真内野手を左飛に仕留める=阪神甲子園球場
 阪神の先発・伊藤将司投手が無死満塁のピンチを無失点で切り抜けた。 2点を先制した直後の 4回。先頭の坂本に四球を与えると、続く丸には中前打を浴びる。そして岸田の送りバントを処理した大山の 1塁送球が悪送球となり、無死満塁と絶体絶命のピンチ。それでも吉川の強い 1ゴロを本塁封殺すると、赤星は直球で空振り三振に斬って二死。萩尾は 1塁左へのゴロに打ち取ると、打球を処理した大山から伊藤将に送られてスリーアウト。伊藤将は 4回でこの日 3度目となる得点圏に走者を置いたピンチだったが、見事に踏ん張った。


  4回表巨人二死満塁、伊藤将司投手は萩尾匡也外野手の 1ゴロでベースカバーに入る=阪神甲子園球場
 痛恨の“お見合い”で阪神のピンチが広がった。
  2点リードの 4回無死 1、 2塁。岸田の犠打は伊藤将司投手とチャージをかけた 1塁大山悠輔内野手のちょうど間に転がった。この打球処理を両者が一瞬、見合わせる形に。大山が慌てて捕球し 1塁へ送球も、 1塁カバーに入った中野拓夢内野手(27)にハーフバウンドのスローイングとなってしまった。中野は捕球できず、打者走者もオールセーフ(記録は犠打+大山悪送球)。無死満塁のピンチをつくってしまった。
 ここから伊藤将が踏ん張った。8番吉川を 1ゴロ。9番投手の赤星を空振り三振に仕留め、最後は1番萩尾の 1、 2塁間の打球を大山が好捕し、 1塁カバーに入った伊藤将へ送球を決め、スリーアウト。なんとかピンチを乗り切った。

 


  2回、吉川尚輝内野手の 2ゴロで本塁生還を試みた丸佳浩外野手をタッチしてアウトにする梅野隆太郎=阪神甲子園球場
 梅野隆太郎捕手が伊藤将の投球をたたえた。「いまの状態からしたらバンバン三振を取れるような感じでもないけど、〝らしさ〟をピンチのときでもなんとか出してくれた。いい粘りの投球だった」。左腕は前回 2回6失点と崩れただけに、汚名返上に心を燃やし、良さを引き出した。西勇が先発する18日の巨人戦に向けて「先頭打者(を抑える)というのは心がけていきたい」と話した。

 


  7回を抑えた桐敷拓馬投手=阪神甲子園球場
  7回に登板した桐敷拓馬投手が好救援した。「(伊藤)将司さんがいい流れを作ってくれていたので、自分が止めちゃいけないというのもありました」。二死 2塁を招き、一発同点の場面で岡本和との対戦を迎えたが、外角低めへの 149キロで見逃し三振に退け「四球もオッケーと思って広く攻められた結果、あのボールを投げられた」と胸を張った。登板2試合連続での2ホールド目と、結果を積み重ねている。

 


 阪神3番手の岩崎優投手=阪神甲子園球場
 岩崎優投手は 8回を任され、淡々と無失点。坂本、丸の強打者コンビをフライアウトに仕留めると、代打・オコエには遊撃内野安打で出塁されたが、吉川を 3ゴロに斬って仕事を完了させた。打撃陣の得点力が乏しい中でも「投手で頑張ってこういう試合を取っていけるように続けていきたい」。ゲラとのWストッパーで、4ホールド目を挙げた。

 


  9回、投球するハビー・ゲラ投手=阪神甲子園球場
 ゲラ(前レイズ)は 9回を締め、3セーブ目を挙げた。「 3人で終わらせるつもりでいったので、終わらせられて良かった」。先頭・大城卓の遊ゴロ、萩尾から奪った空振り三振はともに 156キロ。最後のD3位・佐々木(日立製作所)はこの日最速の 157キロで詰まらせ、遊ゴロに斬った。「自信を持って投げるという意味では 8回であれ 9回であれ、一緒」と冷静だった。

 


  2回表巨人一死 3塁、吉川尚輝内野手の打球で本塁生還を狙った丸佳浩外野手を刺す 2塁手の中野拓夢内野手=阪神甲子園球場
 中野拓夢内野手が、先発伊藤将司投手を救うビッグプレーを決めた。
  2回表の守備。先頭の丸に右中間への 3塁打を許した。その後、一死 3塁となり、吉川の打球は 2塁へ。前進守備を敷いていた中野は体勢を崩しながら逆シングルで捕球すると、ホームにストライク送球し、滑り込んだ 3塁走者丸をタッチアウトに仕留めた。
 立ち上がりからなかなか波に乗りきれない伊藤将を助ける好守備。序盤のピンチを無失点で切り抜けた。

 


  1回、 3ゴロに倒れた森下翔太外野手=阪神甲子園球場
 走りながら打球を見る森下翔太外野手の目に、足を滑らせる中堅手が映った。いつもと違う〝なにか〟が起きるとき、甲子園が持つ物語が顔を出す―。伝説のバックスクリーン3連発の日に、予期せぬ得点劇。中飛で攻撃終了かと思われた森下の一打が、先制の 2点 2塁打となった。
 「この試合初めて作ったチャンスでしたし、絶対モノにするんだという気持ちでした」
 二死から近本が14打席ぶりの安打で出塁し、中野も右前打で 1、 2塁のチャンス。森下はフルカウントから赤星の 105キロ直球を捉えると、打球は中堅へ。白球を一度はばっちり視界にとらえていた中堅手の佐々木だったが、芝に足をとられたのか、つまずいて打球はそのまま頭上を破った。森下は勢いそのままに 3塁を狙うもアウト。それでも、チームにとって 3試合ぶりの先制点を生んだ。


  3回、適時 2塁打を放った森下翔太外野手=阪神甲子園球場
  4月17日は1985年に3番・バース、4番・掛布、5番・岡田のバックスクリーン3連発が生まれた、虎党にとって伝説の記念日だ。今年は水曜日、甲子園、巨人戦と、当時と同じ条件が39年ぶりにぴったり重なり、再現の舞台が整った。
 一方、今季のクリーンアップは苦しみの最中にある。4番の大山は試合前まで開幕から64打席ノーアーチ。両脇を固める森下、佐藤輝も打率 1割台といまだ本調子とは言い難い状況が続く。日本一を果たした昨季と同じ並びの 3人がつながりを欠き、8試合連続で2得点以下と打線全体が乗り切れていない。重い現状を打破するにはうってつけのメモリアルデーに奮起が期待される中で、森下がどんな形であれ結果を出した。
 「追い込まれていましたが、しっかり自分のスイングで振りぬくことができました」
 10日の前回登板(広島戦、甲子園)で2回6失点と打ち込まれた先発・伊藤将も、ピンチを招きながら 6回無失点で試合を作った。


 試合後、ヒーローインタビューを終えて場内一周する森下翔太外野手=阪神甲子園球場
  3回に決勝2点打を放った森下翔太外野手が今季2勝目を挙げた伊藤将司投手とともにお立ち台に上がった。頼もしいヒーローはバットだけでなく、マイクでも沸かせた。
 勝負強さの理由について問われて「何も考えてないからですね」と応じると、場内に笑いが広がった。さらに39年前の 4月17日に生まれたバックスクリーン3連発について振られると「3連発とはいかなかったですけど、( 4回は近本、中野、森下)3連打でチームが勝利できたので良かったです」と胸を張った。最後は「(令和の3連発は)自分がきっかけを作れば、大山さん、(佐藤)輝さんが続いてくれると思います」と力を込め、満員の虎党から大喝采を浴びた。4.18の巨人戦でも、森下のバットに注目だ。

 


  6回、併殺打の大山悠輔内野手=阪神甲子園球場
 阪神の4番・大山悠輔内野手は 6回一死 1、 2塁で遊ゴロ併殺打に倒れるなど2打数無安打1四球。開幕から自己ワーストタイの67打席ノーアーチとなった。打率も.169と主砲の低空飛行が続く中、チームは9試合連続で2得点以下と得点力不足に悩んでいる。過去 7シーズンで123本塁打を放ってきた男の目覚めの一発が待ち望まれる。

 


 キャッチボールをして汗を流す西勇輝投手=阪神甲子園球場
 西勇輝投手は18日巨人戦に先発する。
 相手先発の菅野は 1歳年上。19年まで4年連続で自主トレをした間柄だ。直接対決は21年10月13日(東京ドーム)以来、3季ぶりで、今回が 4度目の投げ合い。「目標にしていたピッチャー。あれだけ実績があるのに距離が近く、よくしてもらった。このキャリアになっても投げられる幸せを大事にして楽しみたい」と語った。前回登板の11日広島戦は、 8回5安打無失点と好投も勝ち負けはつかず。本拠地で今季1勝目をつかむ。

 

 髙橋遥人投手が先発し、けがからの復帰登板を果たした。予定の 1回を投げて1安打無失点だった。
 「意外に(マウンドに)立ってみたら、久々ですけど、2年半(ぶり)という感覚はあまりなくて。先頭打者にとらえられたんですけど、アウトになって少し緊張がほぐれたかなという感じです」
 先頭の杉沢の鋭いライナーは、素早い反応で自らつかむ。登板前日の16日も、この日の試合前の練習もそわそわしていたというが、落ちつくうえでこの一死は大きかった。続く山足には右前に運ばれたが、ドラフト1位・横山聖(上田西高)は粘りにも負けず、ツーシームで空振り三振。4番・トーマス(前アスレチックス)も遊ゴロに抑え、スコアボードにゼロを刻んだ。


 先発した髙橋遥人投手=阪神鳴尾浜球場(愛称=タイガース・デン)
 髙橋は2022年 4月に左肘のトミー・ジョン手術を受け、昨年 6月には「左尺骨短縮術」および「左肩関節鏡視下クリーニング術」を実施。リハビリ生活を経て、今回が2021年11月 6日のクライマックスシリーズ・ファーストステージ、巨人戦(甲子園)以来、実に 893日ぶりとなる実戦登板だった。スタンドには多くのファンも詰めかけ、先発メンバー発表時に名前が読み上げられると、誰よりも大きな拍手が沸き起こった。その光景も目にし、「いろんな人に見に来てもらって、感謝ですし、ありがたい。ずっと投げられない中でも応援してくださっている人の声というのは聞こえていたので、こうやってまたマウンドで投げるところを見せられて、すごくよかった」。最速 147キロを計測した直球などはまだまだ高いレベルを求めるが、大きな一歩を踏み出した。


 阪神先発の髙橋遥人投手=阪神鳴尾浜球場
 髙橋遥人投手が先発し、 1回1安打無失点。和田豊 2軍監督(61)は左腕が 1イニング限定だったにもかかわらず、2021年11月 6日の巨人とのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ(甲子園)以来、 893日ぶりの実戦復帰を先発として送り出した。そのワケとは…。
 「復帰したときにはね、先発でいくピッチャーなんで。一番いい条件で投げさせてやるということをね、投手コーチも含めて話をした」
 髙橋は2018年にドラフト2位で亜大から入団。左肩の筋力が弱いことでキャンプは 2軍スタートとなったが、 4月11日の広島戦(甲子園)で1軍初登板。 7回2安打無失点で勝利を飾った。阪神の新人が甲子園で初登板勝利を挙げたのは1959年の村山実以来。最速 152キロの直球を武器にスライダー、ツーシームなどを操る髙橋は三振がとれる先発完投型で1軍通算44試合登板のうち、43試合で先発マウンドに立った(2019年に1ホールドを記録)。


  1回の投球を終えてベンチに戻る髙橋遥人投手=阪神鳴尾浜球場
 「なんとか本来いるべき場所に戻してやれるように、みんなでサポートしていきます」と和田 2軍監督。2012年から1軍で 4年間指揮をとり、14年には日本シリーズに進出した。退任後は球団オーナー付シニアアドバイザーなどを経て、23年に現場復帰。指揮官がいつも大切にしているのは「原点」だった。タイガースアカデミーの特別顧問を務めたときも「原点となるキャッチボールから楽しく教えたい」と「原点」というフレーズを使っていた。
 通算14勝の髙橋は22年 4月に左肘の左肘内側側副靱帯(じんたい)再建術(通称トミー・ジョン手術)を受けるなど苦しいリハビリ期間を乗り越えた。「ただ、きょう 1イニング投げたからポンポンポンと上げていくのではなくて、この 1イニングを何回か繰り返しながら、少しずつイニング数を(増やす)というところになるよね、現段階ではね」。決して〝高跳び〟はさせない。暗黒時代と呼ばれた時期からタテジマを背負ってきた。真新しいマウンドが髙橋のリスタートの場。和田 2軍監督の熱く、優しいメッセージがあふれていた。


 和田豊2軍監督=阪神鳴尾浜球場
 髙橋遥人投手が、 893日ぶりとなる実戦復帰を果たした。好天のもと、先発として真っさらなマウンドに上がり 1イニングを投球。先頭杉沢を 146キロ直球で投直。山足には鋭い変化球も投げた。 141キロを右前打とされた。ここからは走者を背負っての投球。3番横山を 147キロ直球で追い込み、最後は 139キロの沈むボールで空振り三振に仕留めた。4番トーマスは遊ゴロ。最速 147キロで無失点投球だった。
 21年11月に左肘のクリーニング手術、翌22年 4月には左肘のトミー・ジョン手術を受けた。復帰を目指していた23年は 6月に「左尺骨短縮術」および「左肩関節鏡視下クリーニング術」を受け、以降は復帰を目指す日々を送ってきた。


 キャッチボールをする髙橋遥人投手=阪神鳴尾浜球場
 21年11月 6日のクライマックス・シリーズ第 1ステージ巨人戦(甲子園)以来となる、実戦マウンド。スタンドには背番号29のユニホームを着たファンも散見された。多くの期待を背負いながら、支配下復帰へ向けリスタートを切った。
<高橋遥人のこれまで>
▼初勝利 17年ドラフト2位で亜大から入団。18年 4月11日の広島戦で初登板し 7回無失点で勝利。その後、左肩の不調で 6月半ばから 2軍調整が続き、 1年目は 6試合で2勝3敗、防御率3.63
▼1軍定着 19年は 5月に1軍昇格して19試合に先発。 109回 2/3で3勝9敗、防御率3.78。
▼肩痛 20年は左肩痛で2軍スタート。 8月に復帰。同年は12試合登板ながら自己最多の5勝(4敗)で防御率2.49。
▼脇腹故障 21年は 2月に右脇腹の筋挫傷で離脱。 9月に復帰し 7試合で4勝2敗、防御率1.65と快投を連発。CSでも先発。


 練習の合間に笑顔を見せる髙橋遥人投手=阪神鳴尾浜球場
▼最初の手術 21年11月に左肘クリーニング手術。状態が上がらず、翌22年 4月にトミー・ジョン手術を受けた。復帰を目指していた23年は 6月に「左尺骨短縮術」および「左肩関節鏡視下クリーニング術」を受けた。 2年連続で実戦登板はなかった。
▼復活へ 23年11月に術後初めて捕手を座らせて本格投球。今年1月には 143キロを計測。2軍キャンプでも順調にブルペンを重ねた。最多は86球。 3月は少しペースを落としたが、 4月 2日には中 1日と短い間隔でブルペン投球。 7日に打撃投手として打者と対戦し、10日はシート打撃で投球を行っていた。

 

※ 4月18日の予告先発は、阪神・西勇輝投手(33)―巨人・菅野智之投手(34)です。どちらに軍配が上がるか、楽しみですね。
 

 2024年シーズンのチームスローガン『A.R.E. GOES ON(えーあーるいー ごーずおん)』

 リーグ優勝と日本一に輝き、王者として迎える2024年。
しかし王者といえど、野球に王道という道はない。ただ確かなことは、歩みを止めてはいけないということ。
 2024年も、阪神タイガースは挑戦をやめない。チャレンジャーとして、アレに向かって挑み続ける。
 そんな挑み続ける阪神タイガースの姿勢をスローガンにしたのが『A.R.E. GOES ON(えーあーるいー ごーずおん)』です。

 

 

2024年 オープン戦順位表

 

2024年 公式戦順位表

 

2024年 公式戦日程表と結果(03月)

 

2024年 公式戦日程表と結果(04月)

 

2024年 公式戦日程表と結果(05月)

 

 

 

 

 

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