●中野拓夢内野手(27)が 4日、故郷の山形県の県庁を訪れ、昨年 4月に受賞が決定した山形県スポーツ栄光賞の授与式に出席した。プロ野球選手としては初の受賞となった。昨年 3月のワールド・ベースボール・クラシックに日本代表として出場し、3大会ぶりの優勝に貢献。シーズンに入っても 2塁手としてフルイニング出場を果たし、18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一の立役者となり、最多安打、ゴールデングラブ賞のタイトルも手にした。吉村美栄子県知事(72)からは記念の楯と特産米の「雪若丸」20キロが贈呈された。新選手会長として球団初の連覇を目指すシーズンを前に、地元で活躍を誓った。長い歴史で一度も成し遂げていない偉業へ、先頭に立って突き進む構えだ。
●佐藤輝明内野手(24)が 3日、球団初の連覇を目指す2024年の打順について希望を語った。昨季は 5、 6番のみ。近本光司外野手(29)が座る 1番はハードルが高いが、そのココロは-。史上初の連覇を目指す虎の中で、佐藤輝が上位打線入りを狙う。もっともっと、チームを勝たせる一発を―。プロ 4年目のシーズンを明るく思い描いた。チームが18年ぶりリーグ優勝を達成した昨季はレギュラーシーズンで 5、 6番に入って計 548打席に立った。上位には一度も入らず、 2軍落ちなども経験して全試合に出場した2022年からは約50打席の減少。さらに貪欲にホームランを狙うため、上位打線を目指す心構えを口にした。作戦の幅を狭めることなく、迫力を増す虎打線の中心を目指す。
●阪神のドラフト 2位・椎葉剛投手(21=四国アイランドリーグplus・徳島)が 4日、三重・伊賀市のミキハウススポーツスタジアムで自主トレを公開した。島原中央高卒業後に選んだ社会人時代の古巣に足を運んでランニングやウエートトレーニングなどで約 2時間、汗を流し、小雨も降るなかでキャッチボールをする際には黄色と黒色の虎柄グラブも使用した。新人合同自主トレや初のキャンプを控える中で新年を迎え、決意。年末年始は大阪・堺市にある実家で家族らと過ごし、本格的なプロ生活のスタートを前に、顔を合わせた人たちからの期待もしっかりと受け取ったことを明かした。力強いボールが小雨を切り裂く。椎葉が2024年の始動 2日目に足を踏み入れたのは、社会人時代の 3年間を過ごした三重県内にあるミキハウスのグラウンド。プロの扉を開いたからこそ、最速 159キロ右腕は明るい気持ちでやってきた。感謝の思いは強く、当時の背番号が入った「mikiHOUSE 45」のシューズを今でも使用。足元を見れば現在地だけでなく、これまでの足跡も振り返ることができる。
●中日、阪神、楽天で監督を務めた星野仙一さん(享年70)が亡くなってから 4日で 6年。明治大學の後輩で2002年から 2年間、監督付広報を務めた阪神・平田勝男ヘッドコーチ(64)が 3日、神戸市内で取材に応じた。昨年は岡田彰布監督(66)を支え、38年ぶり2度目の日本一を達成。恩師の命日を前に背筋を伸ばした。2018年 1月 4日、低迷していた阪神を18年ぶりのリーグ制覇へと導いた闘将・星野仙一さんが、この世を去った。あれから 6年。平田ヘッドコーチは、しんみりと語った。星野さんは中日監督を退任した直後の02年、野村克也監督(84歳没)の後任として阪神監督に就任。01年まで内野守備走塁コーチを務めていた平田ヘッドは、明治大學の先輩でもある星野さんと親しい間柄だったことから、監督付広報に指名された。阪神は夏のロードを18勝 5敗と大きく勝ち越すと、それまでの球団最速記録だった03年よりも一日早い 9月14日、リーグ制覇を決めた。年末年始は故郷の長崎に帰省し、知人や地元関係者から大歓迎を受けた平田ヘッド。球団初となる連覇へ、星野イズムを継承する64歳が戦闘モードに入った。
●阪神電鉄は 4日、 8月 1日に開場100周年を迎える甲子園球場の記念事業の内容を発表した。球場正面( 7・ 8号門付近)の外周装飾が完成し、この日からイルミネーションが夕方に点灯。 3月には甲子園駅前広場に設置しているゲートや球場内エントランス部分にも装飾を施す。また球場内コンコースのデジタルサイネージを現在の15台から60台に増設。公式戦ではスタンド内演出と連動する予定だ。詳細は阪神甲子園球場100周年記念サイトで。
記事をまとめてみました。
中野拓夢内野手が 4日、故郷の山形県の県庁を訪れ、昨年 4月に受賞が決定した山形県スポーツ栄光賞の授与式に出席した。プロ野球選手としては初の受賞となった。昨年 3月のワールド・ベースボール・クラシックに日本代表として出場し、3大会ぶりの優勝に貢献。シーズンに入っても 2塁手としてフルイニング出場を果たし、18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一の立役者となり、最多安打、ゴールデングラブ賞のタイトルも手にした。吉村美栄子県知事からは記念の楯と特産米の「雪若丸」20キロが贈呈された。「受賞できたことを嬉しく思いますし、さらに頑張らないといけないなっていう気持ちになりました。地元からいただけるのが一番自分としても嬉しいので、 もっともっと地元からたくさんの賞をいただけるように、これからも頑張りたいなという風に思います」。新選手会長として球団初の連覇を目指すシーズンを前に、地元で活躍を誓った。
山形県スポーツ栄光賞授与式に出席した中野拓夢内野手と吉村美栄子県知事=山形県庁
地元で熱く誓った!! 中野拓夢内野手が 1月 4日、山形県庁で行われた山形県スポーツ栄光賞授与式に出席した。昨年はWBCでの世界一、リーグ優勝、日本一に加え、数々の個人タイトルも手にしての凱旋(がいせん)。今年は打率3割、首位打者、リーグ連覇を達成して憧れてもらえる選手となり、山形野球界を盛り上げていく決意を語った。
数々の勲章を携えた久しぶりの帰郷。山形県民約 100人の出迎えに、昨季の成果と地元での人気を実感した。これからは育ててくれたふるさとのために―。山形・天童市出身の中野が次なる目標を語った。
「全国的に野球人口が減っている中で、憧れてもらえるような選手になるために、もっともっと頑張らないといけない。何とか先頭に立って、野球の良さを伝えていけたらいいかなと思います」
昨年はWBC日本代表に選出され、世界一を勝ち取った。 3年目のシーズンではコンバートされた 2塁手でフルイニング出場。キャリアハイの打率.285、40打点をマークし、18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一に貢献した。最多安打(164本)、ゴールデングラブ賞のタイトルも手にした。その功績が評価され、プロ野球選手として初めて山形県スポーツ栄光賞を受賞。「地元からいただけるのが一番、自分としてもうれしい」と笑顔を見せた。
米国とのWBC決勝前、大谷(ドジャース)がミーティングで「(メジャーリーガーに対して)憧れるのをやめましょう」と呼び掛けたことに呼応し、世界一を手にした男だからこそ「憧れてもらえる選手に」という言葉に重みがある。そのために「 3割を打って首位打者というところを目標に頑張っていきたい」と力を込めた。昨季は 8月中旬まで打率 3割に乗せていたが、届かなかった。「四球の数を増やして、捉える確率を上げていければ」と初の大台を目指していく。
新選手会長として迎える 1年にも思い入れがある。「タイガース初の連覇を何とかできるように頑張っていきたい」。長い歴史で一度も成し遂げていない偉業へ、先頭に立って突き進む構えだ。
佐藤輝明内野手が 3日、球団初の連覇を目指す2024年の打順について希望を語った。「上の打順を打ちたい。 1番、 2番、 3番、 4番-」。昨季は 5、 6番のみ。近本光司外野手が座る 1番はハードルが高いが、そのココロは-。
史上初の連覇を目指す虎の中で、佐藤輝が上位打線入りを狙う。もっともっと、チームを勝たせる一発を―。プロ 4年目のシーズンを明るく思い描いた。
「上の打順を打ちたいっていうのはもちろんあります。 1番、 2番、 3番、 4番って、はい」
佐藤輝明内野手=阪神甲子園球場
そのココロは「やっぱり打席に多く立てるので、ホームランを打つチャンスも増える」ため。チームが18年ぶりリーグ優勝を達成した昨季はレギュラーシーズンで 5、 6番に入って計 548打席に立った。上位には一度も入らず、 2軍落ちなども経験して全試合に出場した2022年からは約50打席の減少。さらに貪欲にホームランを狙うため、上位打線を目指す心構えを口にした。
日本一に輝いた打線では近本と中野の 1、 2番コンビが抜群の存在感を放ち、大山は 4番で全試合スタメン出場。 3番では森下が勝負強さを示した中で、少しでも上の打順へ目を光らせる。岡田監督も「思い切りがいいからな佐藤は、走塁、盗塁に関して」と話すなど機動力の部分では申し分なし。作戦の幅を狭めることなく、迫力を増す虎打線の中心を目指す。
ミキハウス物流センターの看板を背にポーズをとる椎葉剛投手=三重県伊賀市のミキハウススポーツスタジアム
阪神のドラフト 2位・椎葉剛投手が 4日、三重・伊賀市のミキハウススポーツスタジアムで自主トレを公開した。
「ここでの3年間、悔しい思いをして、いろんな思いがあって徳島に行って、いい形で戻ってこられた。ここ(ミキハウス)があってのいまだと思うので、すごくいい 3年間を過ごせた場所だなと思います」
島原中央高卒業後に選んだ社会人時代の古巣に足を運んでランニングやウエートトレーニングなどで約 2時間、汗を流し、小雨も降るなかでキャッチボールをする際には黄色と黒色の虎柄グラブも使用した。新人合同自主トレや初のキャンプを控える中で新年を迎え、「いまはもう『やってやるぞ』という気持ちでいっぱいです」と決意。年末年始は大阪・堺市にある実家で家族らと過ごし、「みんなから『おめでとう』という言葉をいただいて、すごくうれしかった。『応援しているよ』といろんな方に言っていただいたので、しっかりと結果を出して恩返しをしたい」と本格的なプロ生活のスタートを前に、顔を合わせた人たちからの期待もしっかりと受け取ったことを明かした。
キャッチボールする椎葉剛投手=三重県伊賀市のミキハウススポーツスタジアム
阪神のドラフト 2位・椎葉剛投手が 4日、三重・伊賀市のミキハウススポーツスタジアムで自主トレを公開した。社会人時代は 3年間で辛さや悔しさや味わった場所で汗を流し、決意を新たにした。プロの世界がどれだけ厳しくても、施設内にある上り坂を走ったように必ずはい上がる。
力強いボールが小雨を切り裂く。椎葉が2024年の始動 2日目に足を踏み入れたのは、社会人時代の 3年間を過ごした三重県内にあるミキハウスのグラウンド。プロの扉を開いたからこそ、最速 159キロ右腕は明るい気持ちでやってきた。
「ここでの 3年間、悔しい思いをして、いろんな思いがあって徳島に行って、いい形で戻ってこられた。ここ(ミキハウス)があっての今だと思うので、すごくいい3年間を過ごせた場所だなと思います」
椎葉剛の靴
20年に長崎・島原中央高から入社。しかし、腰痛に悩まされるなどし、公式戦登板はわずか 1試合だった。一番の思い出も「クビにされたこと。社会の厳しさを味わった」と振り返る。ただ、敬語を使うことから教わり、社会人として成長させてくれた大切な場所。選手としても「悔しい思いをして『見返してやる』という思いで向こう(徳島)に行った。その気持ちがなかったら向こうにも行っていなかった」と、抱いた悔しさがプロ入りには欠かせない要素だった。感謝の思いは強く、当時の背番号が入った「mikiHOUSE 45」のシューズを今でも使用。足元を見れば現在地だけでなく、これまでの足跡も振り返ることができる。
中日、阪神、楽天で監督を務めた星野仙一さんが亡くなってから 4日で 6年。明大の後輩で2002年から 2年間、監督付広報を務めた阪神・平田勝男ヘッドコーチが 3日、神戸市内で取材に応じた。昨年は岡田彰布監督を支え、38年ぶり2度目の日本一を達成。恩師の命日を前に「天国から『今年も気持ちを新たにしっかりやれ!』と言ってくれていると思う」と背筋を伸ばした。
2018年 1月 4日、低迷していた阪神を18年ぶりのリーグ制覇へと導いた闘将・星野仙一さんが、この世を去った。あれから 6年。「初めていい報告ができるよ」。平田ヘッドコーチは、しんみりと語った。
「天国から『よう日本一になったな』とお褒めの言葉と、もちろん『今年も気持ちを新たにしっかりやれ!』と言ってくれていると思うよね」
星野さんは中日監督を退任した直後の02年、野村克也監督の後任として阪神監督に就任。01年まで内野守備走塁コーチを務めていた平田ヘッドは、明大の先輩でもある星野さんと親しい間柄だったことから、監督付広報に指名された。
「今の僕があるのは星野さんのおかげ。野球の技術だけでなく選手への接し方やチーム作りも含めてね。いろんな人のつながり方とか、身近でいろんなことを学ばさせていただいた」
星野さんはリーグ制覇した03年限りで監督を勇退。13年には楽天を率いて日本一に。東日本大震災からの復興のシンボルとなり、野球で、東北を勇気づけた。平田ヘッドも岡田監督の下ではヘッドコーチして05年のリーグ制覇に貢献。その後は 2軍監督や 1軍コーチを歴任。岡田監督が現場復帰した昨年はヘッドコーチとして、星野さんが阪神では実現できなかった日本一になった。
2002年から星野仙一さん(左)の監督付広報をつとめていた平田勝男ヘッドコーチ
昨年 8月 1日からの中日 3連戦(バンテリンドーム)を終えて、横浜に移動する直前の 4日朝。〝月命日〟だった。平田ヘッドは星野さんが眠る名古屋市内の霊園に墓参りへ。最寄駅からタクシーに乗車したときの驚きは今でも忘れない。
「ナンバープレートが(星野さんの背番号の)77番。まったくの偶然だった。びっくりして背筋が伸びたというか…。天国から『このチャンスを逃したらいけないぞ』とゲキを飛ばしているのかと思ったよ」
阪神は夏のロードを18勝 5敗と大きく勝ち越すと、それまでの球団最速記録だった03年よりも一日早い 9月14日、リーグ制覇を決めた。平田ヘッドは 2人の名将について「表現の仕方は違うけど、岡田監督も戦っているときは熱くなる。闘将だよ。それに(先を)読むというか、勝負勘も含めてね。オリックス、阪神と(監督を)経験したことが大きな自信となっていると思う」
年末年始は故郷の長崎に帰省し、知人や地元関係者から大歓迎を受けた平田ヘッド。「正月の 3が日を過ぎた翌日なんで、この日が来ると、星野さんを毎年思い出すんだよね」。球団初となる連覇へ、星野イズムを継承する64歳が戦闘モードに入った。
■2003年の阪神タイガース
星野監督就任 2年目。オフに広島からFAで金本知憲、米レンジャーズを自由契約になった伊良部秀輝、中日を自由契約になった久慈照嘉、北海道日本ハムからトレードで下柳剛、中村豊を獲得するなど、大補強をした。新戦力と中堅、若手がガッチリとかみ合い、開幕から好発進。 7月 8日にはセ・リーグ史上最速(当時)で優勝マジック49が点灯。巨人にも17勝10敗 1分けと18年ぶりに勝ち越し、87勝51敗 2分けで 2位中日に14.5ゲーム差でリーグ優勝。日本シリーズは王監督率いるダイエーに 3勝 4敗で敗れた。星野監督は体調不良で勇退した。
阪神甲子園球場100周年記念事業 対戦看板の装飾
阪神電鉄は 4日、 8月 1日に開場100周年を迎える甲子園球場の記念事業の内容を発表した。
球場正面( 7・ 8号門付近)の外周装飾が完成し、この日からイルミネーションが夕方に点灯。 3月には甲子園駅前広場に設置しているゲートや球場内エントランス部分にも装飾を施す。また球場内コンコースのデジタルサイネージを現在の15台から60台に増設。公式戦ではスタンド内演出と連動する予定だ。
阪神甲子園球場100周年記念事業 エントランス装飾 (イメージ図)
さらに 7月30日からの巨人 3連戦は「KOSHIEN CLASSIC SERIE」と銘打って開催。「超満員プロジェクト」として、 1・ 3塁のアルプススタンドの座席販売数を拡大し、 4万7000人規模の来場を見込む。春、夏の高校野球の甲子園大会でも企画イベントを行い、 4人組ロックバンド「TUBE」のコンサートも開催予定( 2月上旬頃に主催者より発表)。詳細は阪神甲子園球場100周年記念サイトで。
2024年シーズンのチームスローガン『A.R.E. GOES ON(えーあーるいー ごーずおん)』
リーグ優勝と日本一に輝き、王者として迎える2024年。
しかし王者といえど、野球に王道という道はない。ただ確かなことは、歩みを止めてはいけないということ。
2024年も、阪神タイガースは挑戦をやめない。チャレンジャーとして、アレに向かって挑み続ける。
そんな挑み続ける阪神タイガースの姿勢をスローガンにしたのが『A.R.E. GOES ON(えーあーるいー ごーずおん)』です。
2024年 日程表と結果(02月)
2024年 公式戦日程表と結果(03月)
2024年 公式戦日程表と結果(04月)