今度の土曜日は、NPO・東京都ウオーキング協会の例会『ミニウォーク 「ふれあい」』で川口に行って来ます。
今回のコースは、次の様になっています。

NPO・東京都ウオーキング協会のサイトより(一部改編)
当日の天候は最初のうちは少々寒いかも知れませんが良さそうですので、ウォーキングには良い天候かも知れませんね。


こういう所を、今回ウォーキングします。
詳細な場所や説明は、下の調べた所の名称(青色の部分)をクリックすると、それぞれの関係サイトへ行けますのでそちらでご覧下さい。
今回訪問する場所を調べてみました。
(リンク先が消えたりして、2010.11.06改訂しました。)
・川口市総鎮守神 川口神社 :江戸時代からの年末の市(毎年12月15日開催)に、東京の酉の市の要素が加わり、縁起物の熊手の他に、食べ物、おもちゃ、植木などの数百の露店が出店。神社では「開運かっこめ」を授与。
「川口神社 大潮祭り 宮出し」のシーンです。
毎年12月15日に行われる「おかめ市」で、「縁起物の熊手」を購入する「川口のハウスクリーニング・エコアース」さんです。
・旧鍋平別邸 :現在母子福祉センターとして使用している建物は、旧鋳物問屋鍋屋平五郎商店別邸として4代目嶋崎平五郎氏が西洋文化の風情を取り入れて建築したもので、平成13年、国の登録有形文化財に登録された。隆盛を誇った当時の鋳物産業の経済力を象徴している建物である。
・鎌倉橋の碑 :この石碑は、昭和13年(1938年)ころまで、現在の南中学校グラウンドのあたりに実在した鎌倉橋のなごりの碑です。鎌倉橋は土橋で、かつて古鎌倉街道が通っていたことから、この名前がつけられたといわれています。
・凱 旋 橋 跡 :凱旋橋とは明治39年(1906)に、日露戦争従軍兵士と戦死者を讃えて架けられた石橋の名称です。現在は埋没している川口用水に架けられ、石柱は現在も錫杖寺(本町)前にその姿をとどめています。日露戦争に川口町(当時)から出征従軍された兵士の数は74名であり戦没者は3名であったとの記録が残っています。また、凱旋橋建設由来と出征兵士の名を刻んだ「凱旋橋の碑」を建立し、現在は川口神社(金山町)に祀られています。
・錫杖寺(しゃくじょうじ):錫杖寺の由緒に「末寺53ヶ寺を有する名刹」とあります。浮間の末寺・観音寺→万蔵院(赤羽北)とつながり。赤羽の末寺・真頂院→真頂院の僧運珍が小豆沢に隠居寺に建てた東光院(現龍福寺)、諏訪神社も真頂院持ちでした。
錫杖とは僧侶・修験者の持つ杖。頭部は錫(すず)で作り、数個の鐶を掛ける。比丘十八物の一.
・旧田中家住宅:旧田中家住宅は大正時代に建設された県下有数の本格的洋風住宅です。大正10年(1921)に上棟し大正12年(1923)に竣工した木造煉瓦造三階建の洋館と、昭和9年(1934)に増築された和館の他、文庫蔵、茶室、池泉回遊式庭園、煉瓦塀により構成されています。
虎ちゃんは何回か川口を訪れていますが、今回行く所は記憶に有りませんので参加者の人と同じ様な気持ちで参加して来ようと思っています。
今現在記憶に無いだけで、実際には行ったことが有るのかも知れませんね。こういう時って、行ってみて「ここ来たこと有る」と思い出すものなのですよね。



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NPO・東京都ウオーキング協会のサイトより(一部改編)
当日の天候は最初のうちは少々寒いかも知れませんが良さそうですので、ウォーキングには良い天候かも知れませんね。


こういう所を、今回ウォーキングします。
詳細な場所や説明は、下の調べた所の名称(青色の部分)をクリックすると、それぞれの関係サイトへ行けますのでそちらでご覧下さい。
今回訪問する場所を調べてみました。
(リンク先が消えたりして、2010.11.06改訂しました。)
・川口市総鎮守神 川口神社 :江戸時代からの年末の市(毎年12月15日開催)に、東京の酉の市の要素が加わり、縁起物の熊手の他に、食べ物、おもちゃ、植木などの数百の露店が出店。神社では「開運かっこめ」を授与。
「川口神社 大潮祭り 宮出し」のシーンです。
毎年12月15日に行われる「おかめ市」で、「縁起物の熊手」を購入する「川口のハウスクリーニング・エコアース」さんです。
・旧鍋平別邸 :現在母子福祉センターとして使用している建物は、旧鋳物問屋鍋屋平五郎商店別邸として4代目嶋崎平五郎氏が西洋文化の風情を取り入れて建築したもので、平成13年、国の登録有形文化財に登録された。隆盛を誇った当時の鋳物産業の経済力を象徴している建物である。
・鎌倉橋の碑 :この石碑は、昭和13年(1938年)ころまで、現在の南中学校グラウンドのあたりに実在した鎌倉橋のなごりの碑です。鎌倉橋は土橋で、かつて古鎌倉街道が通っていたことから、この名前がつけられたといわれています。
・凱 旋 橋 跡 :凱旋橋とは明治39年(1906)に、日露戦争従軍兵士と戦死者を讃えて架けられた石橋の名称です。現在は埋没している川口用水に架けられ、石柱は現在も錫杖寺(本町)前にその姿をとどめています。日露戦争に川口町(当時)から出征従軍された兵士の数は74名であり戦没者は3名であったとの記録が残っています。また、凱旋橋建設由来と出征兵士の名を刻んだ「凱旋橋の碑」を建立し、現在は川口神社(金山町)に祀られています。
・錫杖寺(しゃくじょうじ):錫杖寺の由緒に「末寺53ヶ寺を有する名刹」とあります。浮間の末寺・観音寺→万蔵院(赤羽北)とつながり。赤羽の末寺・真頂院→真頂院の僧運珍が小豆沢に隠居寺に建てた東光院(現龍福寺)、諏訪神社も真頂院持ちでした。
錫杖とは僧侶・修験者の持つ杖。頭部は錫(すず)で作り、数個の鐶を掛ける。比丘十八物の一.
・旧田中家住宅:旧田中家住宅は大正時代に建設された県下有数の本格的洋風住宅です。大正10年(1921)に上棟し大正12年(1923)に竣工した木造煉瓦造三階建の洋館と、昭和9年(1934)に増築された和館の他、文庫蔵、茶室、池泉回遊式庭園、煉瓦塀により構成されています。
虎ちゃんは何回か川口を訪れていますが、今回行く所は記憶に有りませんので参加者の人と同じ様な気持ちで参加して来ようと思っています。
今現在記憶に無いだけで、実際には行ったことが有るのかも知れませんね。こういう時って、行ってみて「ここ来たこと有る」と思い出すものなのですよね。


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