本日も「お茶のある生活」です。和紅茶と台湾紅茶、英語で米国人と交流しながらいただきます。

 


 毎週水曜日は英語の日。お昼休みから、ディスカッション、ディスカッション、3限・4限もディスカッション、ディスカッション。昼休みのテーマは「旅行」。


 そして、3限・4限(Japanese StudiesB)のテーマはEthnic minorities in Japanです。資格外活動(Students with working permission)や技能実習制度(Technical Intern Trainee Program : TITP)を俯瞰し、What kind of problems will immigrants in Japan face?をはじめ興味深い、考えさせられるテーマを議論しました。最後にはWhat kind of people are in your mind when you say ”Japanese people”やWhat is Japanese-nessを議論しました。


 個人的な意見としては、「日本」や「日本人」という言葉を使う際の巨視さに注意すべきであると感じました。皆さんもご承知の通り、日本の歴史は長く、時代により全く異なりのある「日本」や「日本人」が浮かび上がるでしょう。まだ読んだことがないのですが、『菊と刀』に代表される日本人は今、どのくらいいるでしょうか。かつ、『代表的日本人』は今も風化することなく、代表的と言えるでしょうか。「日本」や「日本人」に含まれる意味の深さを改めて実感する瞬間でした。確かに、ステレオタイプの回答を与えることもできたかもしれませんが、だからこそじっくりと熟議して、熟考したいと思うのです。



 1回生の頃からお世話になっている教授からの差し入れ。くう、嬉しい。



 今日も、今日とて鍛錬。白板には「現にあるものについての分析とあるべき姿への願望とを区別するという謙虚さを十分身につけるまではどんな学問も学問という名には値しない」というE・H・カーの言葉。偉大な先人たちが遺した叡智を享受できる幸福さ。