ごきげんいかがですか?なつこです。
 
はるこ、また発熱で寝込んでいます。
フリースクールへ行きたい気持ちはあるので
完全不登校の頃よりはまだマシかな。
免疫力も体力も相当落ちたことを自覚して
今後どうしたら両方上げられるのかを
考えるように言いました。
 
 
「不登校の子には安心できる場所が必要」
と言われて納得しています。
はるこは小さい頃から不安感が強くて
幼稚園に入るまで母から1mも離れられず
母子分離ができるのか不安でした。
結局5年間母子べったりだったからなのか
自宅に戻ればべったりできるからか
あっさり幼稚園に通って走り回ってました。
午後には迎えに行くし、寝るまで一緒だから
おそらく安心感が心を強くしたのでしょう。
 
不登校になった1年半前、また不安感が強くなり
甘えることが増えました。
仕事をしていたので幼稚園時代のほどは
べったりできなかったのが回復を遅らせたかな
とちょっと思っています。
でもその分、自分でなんとかする力もついた。
そして今月のはるこ、出歩きまくっている。
安心感が心を強くしたのでしょう。
私はその時の最善を尽くした、はず。
(不登校親は自分を褒める時間も持ちましょ!)
 
 
ふと、私はどうだったのか思い返しました。
安心できる場所・・・・
あきらかに「実家」ではなかったなーと。
 
やらなきゃいけない勉強とピアノ。
高校ではがんばっても成績が上がらず苦痛でした。
今考えると非効率なやり方だったんです。
でも親は勉強を見るわけでもなく
塾に入れたり家庭教師をつけるわけでもなく
成績悪いと追及され、成績良いのが当然で。
ピアノなんて辞めたくて仕方なかったのに
母親が勝手に夢見て続けさせていた。
(おかげではるこに教えられたからよかったと
今は思っていますけど)
 
高校の部活は自分の意思で入ったけれど
ある日勉強も部活も何もかも嫌になって
部活を2年生の終わりに辞めました。
帰宅すれば自室にこもっていたし
(受験勉強をしていたとはいえ)
ひょっとして不登校状態と同じ状態だった?
学校に行かないと言う選択肢がなかっただけで。
 
大学以降、長い1人暮らし生活に入って
この時が「安心できる場所」だったなー
って思います。
好きなように生きていられる。
まさにこの世の極楽!
誰かと暮らすなんて考えられない!
実家には正月以外は帰宅しなかったし
ホームシックとは無縁の生活でした。
これが晩婚となった理由の1つ。
 
でも「安心できる場所」は必ずしも
平穏無事な場所ではありませんでした。
すべてが自己責任の世界。
自分のミスが自分の首を絞める。
それでも「心が安心できる場所」だったから
外の世界を闊歩できたと思います。
 
その後いろいろあって実家に戻り
あまりにも生活感が違うし、居心地も悪く
夫との結婚が決まった時に
「すぐにでも家を出よう」
と思って実行に移しました。
入籍日を日取りが良い結婚式の3ヶ月前にして
新居に引っ越し、親の関与をうまく回避。
夫との生活は最初から居心地最高!
今の「安心できる場所」となりました。
 
日々いろいろ起こったりもしますが
こうやって振り返ってみると
私ははるこの気持ちがわかるはず。
「安心できる場所」の質感と大切さ。
そして若い時のそこから巣立ちたくなる感じ。
(今は「どうやって維持していくか」という
継続心が強いです。高齢化したから?)
 
はるこの「巣立ちたくなる感じ」を
今後は待っていたいと思います。