日本の古代ロマンをめぐる旅・飛鳥周遊。

2回目はいよいよ明日香村に入り、甘樫丘公園と飛鳥寺をご紹介します。



明日香村へ。



橿原市で1泊して、明日香村への旅のはじまり。

車やバスでも巡れますが、やはりオススメは飛鳥の風を感じながらスポットを巡れるレンタサイクルでしょう。





橿原神宮前駅にあるのがご覧の「明日香レンタサイクル」

1日レンタル料金は普通の自転車で900円、電動自転車だと1500円です。

別途料金はかかりますが、明日香村内の他の営業所に乗り捨てすることも可能です。





橿原市の住宅街を抜け明日香村に入った途端に長閑な景色に一変します。

古代ロマンをめぐる旅の序章です。





車やバスでも便利に巡れる明日香村ですが、素晴らしい空気に触れつつ自転車で巡るのをおすすめしたいと思います。



甘樫丘公園。




橿原神宮前から自転車で10分、「甘樫丘(あまかしのおか)公園」に到着。自転車を止めてミニハイキングがてら丘を登ること15分。





「甘樫丘展望台」です。






ここから望むのが大和三山

左から畝傍山、中央右寄りのきれいな三角形の山が耳成山、一番右手が「天の香具山」として知られる香具山です。





反対側には明日香村のまちの景色が広がっています。

明日香村では昭和55年(1980年)から古都保存法における歴史的風土特別保存地区に指定され、半世紀近くに亘って景観保全がつづけられています。



飛鳥寺。




甘樫丘公園から自転車で5分ほどで「飛鳥寺」に到着。





飛鳥寺は推古4年(596年)、蘇我馬子により日本初の本格的寺院として完成しました。

その前、用明天皇2年(587年)、外来宗教である仏教の受容に対して、崇仏派の蘇我氏率いる馬子は、排仏派の権力者・物部守屋を追悼することを決定、守屋を射落として殺害したあと一族を皆殺しにします(丁未(ていび)の乱)。排仏派の急先鋒であった物部氏を追い落としたことで、わが国における仏教文化の浸透が進んだのです。





本堂内部には「飛鳥大仏」と呼ばれる本尊・釈迦如来坐像が安置されています。

大伽藍は鎌倉時代の大火で消失し、長い期間、釈迦坐像も野ざらしになりますが、江戸時代の文政9年(1826年)に大坂(いまの大阪)の篤志家たちの支援で今の本堂が再建されました。



(画像提供:奈良県観光局観光力創造課)



本尊の釈迦如来坐像

写真に落とし込むとどうしても不細工な顔に見えてしまいますが(失礼しました……)、騙されたと思ってぜひここに足を運んで実物を見て欲しい。

アーモンド型の目に感じる優しいまなざし、そして優美なアルカイックスマイル……なんかグーーーッと引き込まれる表情をしておられます。

顔以外の部分が火災で大きく傷みながらも修復され、今のお姿に至るのだそう。もとは脇侍2体と合わせて釈迦三尊像でありましたが、いまでは消失してしまい見ることがかないません。

作者は鞍作止利。飛鳥時代を代表する仏師で、現存するなかで氏の最高傑作といわれているのが法隆寺釈迦三尊像であります。





ここの鐘は参拝者が撞くことができます。

「上は有頂天より下は奈落の底まで響けよかし」と念じてひと撞き。

言いながら笑ってしまいましたが、それほどにユーモラスなセリフであります。





飛鳥寺伽藍の西側に建つ五輪塔は蘇我入鹿の首塚とされています。

権力の中枢にいた入鹿は皇極天皇4年(645年)、中大兄皇子や中臣鎌足らが首謀した「乙巳(いっし)の変」で殺害され、蘇我氏宗家は断絶されます。その後、時代は大化の改新へと向かうのです。

奥に見えるのは蘇我氏が御殿を構えた甘樫丘。非業の最期を遂げた入鹿を、今でも甘樫丘がやさしく包み込んでいるかのようです。





彼岸花と飛鳥寺伽藍。

癒しと美が共存する素敵な空気。





蘇我馬子によってつくられた飛鳥寺ですが、入鹿暗殺の時に中大兄皇子が本陣を敷いたのも実はこの飛鳥寺。この長閑な地が、歴史に翻弄され、血生臭い歴史を刻みつつ今に至る逞しさ…。これも古代ロマンに心動かされる「魅力」なのでしょうか。



さあ、次回はいよいよ石舞台古墳〜天武・持統天皇陵へとペダルを進めてまいります。




▶︎次回の記事は10/2(水)10/3(木)に公開します。



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