神戸市の久元喜造市長が3月29日の「高校生と市長の対話フォーラム」で神戸市営地下鉄海岸線の「廃止を真剣に考えたことがある」と明かしました。少なくともわが国において地下鉄の路線廃止を検討したというのはきわめて稀で、要はそれだけ追い詰められていたという裏返しでもあります。他の地下鉄の赤字路線とも比較しながら、海岸線の実情と、短中期的な増客策について考察してまいります。

海岸線建設の経緯。

地下鉄海岸線は兵庫区・長田区の鉄道空白地帯と

三宮・新長田両駅を結ぶ路線として開業した。


山と海が近接した神戸のまちを拡げるために神戸市では「山、海へ行く」事業を推進し、山と海に土地を造成して街区を創出する手法をとってきました。郊外に良質な住宅地が多数供給され人口が増える一方で、旧市街地の灘区・中央区・兵庫区・長田区における住環境が相対的に下がり、人口増加策を取ることになりました。この「インナーシティ」問題を解決するために、須磨区から三宮に至る市バスの長大路線を置き換えるかたちで地下鉄の計画が立案されるとともに、沿線の兵庫区では大型住宅開発を並行して進める計画が立てられました。その地下鉄計画が海岸線であるわけです。

平成6年(1994年)の4月に着工、5年の工期を経て開通……のはずが、、、

平成7年(1995年)1月に発災した阪神・淡路大震災により工事の中断を余儀なくされます。まちの復旧・復興が喫緊の課題のなかで、当時、建設が決定しつつも未着工であった神戸空港などと並んで工事凍結すべしとの主張も多く見られるなか、被害が甚大であった兵庫・長田両区の復興推進のために地下鉄新線は必要と工事を継続、想定より2年半と少し遅れて平成13年(2001年)の7月7日、晴れて開業を迎えました。

あり得ない目標、向き合わない行政。

久元市長は海岸線構想当時からの神戸市の「政策の失敗」と断じています。海岸線着工当時、13万5000人/日の利用で黒字になるとの想定でしたが、開業当初で3万人/日程度、「中央市場前」駅前にイオンモールが開業してもなお5万人/日程度にしか増えておらず、現在も運行を続けるJR和田岬線の廃止を織り込んでいるなど、そもそもの前提条件にも無理があります。震災後の沿線人口減少を織り込めていなかったとの指摘も聞かれますが、沿線である兵庫区・長田区の人口は両区とも震災前の平成6年(1994年)より1〜2割は少なく推移しているとはいえ、海岸線の需要予測の半分にも満たない利用客数の直接的要因とするのには無理があります。「どれだけ鉛筆を舐めたんやろね」とは久元市長の言でありますが、まさに開業ありきで数字的な辻褄合わせがおこなわれた可能性があります。

平成9年10月、地下鉄東西線の二条-醍醐間が開通。

中央の袴姿の男性は桝本賴兼京都市長(当時)。


需要予測を大きく下回った地下鉄は神戸市だけでなく、たとえば以前当ブログでも取り上げた京都市営地下鉄の東西線(太秦天神川〜六地蔵間)。埋蔵文化財が多く地下水脈にも恵まれた京都の地下を掘る難工事で総工費は5000億円にも達しました。また今後記す予定の名古屋市営地下鉄の桜通線(太閤通〜徳重間)もJR名古屋駅中央コンコースの真下を通すなどの難工事に加えて当時最新の技術を採り入れた先進的地下鉄としたため総工費が跳ね上がる結果に。しかしこれらの地下鉄赤字路線に向き合って旅客誘致に努めた両市とは異なり、神戸市は海岸線の赤字に長らく向き合ってこなかったのだそう。

久元市長の誕生が歴史を変える。

しかし、この悪しき風習に楔を打つ人物が現れます。
平成25年(2013年)10月27日、激戦の中で神戸市長に初当選を果たしたのが、言うまでもなく久元喜造氏。
この瞬間、流れが大きく変わるのです。

久元市長は副市長時代より「根本的な問題解決策が見当たらないので誰も触れたがらないような雰囲気が見られた」と庁内を一喝、海岸線の旅客誘致策を続々と打ちます。そのひとつが県市合同で進めた「新長田合同庁舎」は海岸線の駒ヶ林駅直結のロケーションで、近隣のアクタくにづかや大正通商店街の活性化にも一役買っています。もとは老朽化していた三宮駅前のサンパル(中央区)にあった市税事務所等の機能と県税事務所を同一の建物内に移転することでよりスムーズな手続を実現するために神戸市の責任のもと建てられたもので、移転後にサンパルは解体され、令和11年(2029年)竣工予定で再開発工事が進んでいます。


久元市長のもとで県市の税務機能を一元化した

「新長田合同庁舎」は海岸線駒ヶ林駅の至近。


また、中学生以下のこどもたちの課外学習やおでかけを促進すべく、「地下鉄海岸線中学生以下フリーパス」を交付しています。発案者はなんと久元市長みずからで(注※それもイオンモールの社長が明かした話で久元市長はみずからの発想であることを積極的に発信していない)「空気を運ぶよりこどもたちを運ぼう」(久元市長)という着想ではじまったのだとか。合理的なんだけれども住民への優しさ溢れる久元市長ならではの発想に、当時、感激さえ覚えたものであります。

出来る方策の検討。

ここからは一般的な乗客誘致の成功例を引っ張りながら、私案として短・中期で実現可能な方策を考察してまいります。

一般的に鉄道の旅客誘致策といえば、鉄道沿線に住宅なり集客施設を誘致するのが一般的です。のちに阪急電鉄となる企業を創始した小林一三翁がはじめたことから、俗に「小林モデル」ともいわれます。市営地下鉄の西神・山手線はまさにこれを地で行くもので、須磨・西神両ニュータウンの建設、神戸総合運動公園には国際クラスの陸上競技場や野球場、体育館などを整備しました。また神戸研究学園都市にはキャンパスタウンを構成し、大学・高専などの文化学術施設を誘致することで、ニュータウンから都市部というラッシュとは逆のトラフィックを生み出すことに成功しています。


西神・山手線沿線の学園都市には流通科学大学や

兵庫県立大学などの学術機能が多数集積している。


が、海岸線の場合はその方法が用いられませんでした。というより、同様の方法は使えなかったのです。沿線はほぼ成熟した下町と工業地帯で、開発用地になる敷地は限られていました。開業時、唯一といって良かった開発用地は御崎公園で、ここにはサッカー場(現在のノエビアスタジアム)が建設され、サッカーやラグビーの公式試合が開催されています。また、神戸市中央卸売市場本場西側跡地に(2017年)9月にイオンモール神戸南がオープン、海岸線の中央市場前直結というロケーションをうまく活用しています。

福岡市営地下鉄七隈線はトータルデザインの

完成度が高く評価されている。


また、海岸線とよく比較対象にされていた路線として、同じくミニ地下鉄である福岡市営地下鉄七隈線が挙げられます。七隈線も海岸線同様、ターミナルの天神南駅(中央区)が改札外乗換対象にあたる空港線の天神駅と地下街を経由して徒歩10分の距離にあることで、乗客から不満の声が出ていました。平成17年(2005年)に天神南から橋本間が開業しましたが、乗客数が目標値を下回り続けていたところ、昨年3月に天神南から博多(博多区)に延伸すると一気に混雑路線に変貌を遂げます。天神地区から博多まで2駅3分と従来の空港線より短縮したことで都市部移動の短距離乗客が増えたことに加えて、沿線に位置する福岡大学(城南区)が七隈線博多延伸に伴ってJR各線からのアクセスが劇的に改善したことにより、JR沿線に実家が所在する学生が一人暮らしから実家通いに切り替えたことが福大前の不動産市況に明確に出ており、こういう効果も七隈線の混雑に拍車をかけているようです。

こちらに関してもやはり海岸線には当てはまりません。神戸市が「副都心」と定める新長田駅から三宮駅へのアクセスは西神・山手線とJR線が専ら担っていますので、わざわざ遠回りする海岸線は利用しないのです。また、灘区のHAT神戸や新神戸駅方面など複数ルートで延伸も構想されていますが、仮に実現したとて目に見えたトラフィックの改善には繋がらず、「七隈線効果」の二の舞は非常に難しいところです。

沿線人口や集客策が限界である以上、海岸線のトラフィックとしての機能を強化する以外に道はありません。
そもそも海岸線とその他の鉄道や市バスなど既存交通機関の駅・停留所の名が異なることから、新長田駅以外に乗換駅として機能しておらず、独立した輸送機関たる性質が強いことが大きなマイナスに働いています。そこで私案として、先ずは交通結節点をうまくつくっていく駅名に変えていく必要があると考えます。

「三宮・花時計前」→「三宮南〈市役所前〉」
(市バス「市役所前」を同名に改称)
「旧居留地・大丸前」→「元町〈大丸前〉」
(市バス「三宮神社」を同名に改称)
「みなと元町」→「栄町〈南京町前〉」
(シティループ停留所を同名に改称)
「ハーバーランド」→「神戸〈ハーバーランド前〉」
(JR「神戸」に副駅名導入!?)

実はこれ、私案と申せど開業前の仮名に寄せているだけです。海岸線と鉄道・バスとの結節点機能を強化しつつ、観光・文化スポットにダイレクトでアクセスする利点を強調するための効果的な副駅名導入の必要性を感じます。

神戸市バスが導入している「三宮・エリア110」。

エリア内乗降に限り通常運賃210円が110円に。


加えて、三宮エリアの人流を加速させるべく神戸市バスの当該エリアのみをICカードで乗降した場合に運賃が110円になる「三宮・エリア110(イチイチマル)」の着想を海岸線の三宮・花時計前〜ハーバーランド間にも導入するのはどうでしょうか。かねてより時期を限定して特割は実施はされていますが、恒久的な施策にすることで旅客の固定化をめざすのです。海岸線沿線には東遊園地・旧居留地・南京町・メリケンパーク・ハーバーランドなど神戸のトレードマーク的スポットの最寄駅。であれば、これらを繋ぐ海岸線のニーズそのものはまだ掘り起こせるのでは、という見方であります。


ラグジュアリーな路面店が立ち並ぶ旧居留地。

(旧居留地・大丸前駅すぐ)


神戸が誇るチャイナタウン・南京町。

(最寄りはみなと元町駅)


神戸のトレンドスポットとして注目の乙仲通。

(みなと元町駅すぐ)


家族連れやカップルに人気の神戸ハーバーランド。

(ハーバーランド駅直結)


ハーバーランド〜新長田間は現状として利用客が頭打ちであるとの前提で申せば、いかに神戸市が描く「都心」相互移動、および「都心」とエリア外における移動機関として認知を高めることができるかが、海岸線乗客誘致に欠くことができぬと考えます。

※次回の記事は5/15(水)に公開します。


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