西武池袋本店が揺れています。



昨年11月、セブン&アイホールディングスは子会社のそごう・西武株を米フォートレス社に売却すると発表しました。ことし2月1日付での株式売却とのことで当初予定から大幅に遅れており、現在は無期限延期状態になっています。各社報道によると、フォートレス社は西武池袋本店・そごう千葉店と西武渋谷店の3店に家電量販大手のヨドバシカメラを入居させる計画と報じられています。



同社のフラッグシップでかつては伊勢丹新宿本店とファッションデパートの覇を競った西武池袋本店では低層部の大部分、同店総面積のおよそ半分にヨドバシカメラが入居するという報道に対して、立地自治体である豊島区の高野之夫区長(ことし2月9日死去)は懸念を表明、同店の敷地の半分以上を持つ西武鉄道に対して昨年12月に嘆願書を出すなど異例づくめの展開となっていました。


一世を風靡した「ファッションの西武」


西武池袋線をはじめJRの山手線・埼京線・湘南新宿ライン、東武東上線、東京メトロ丸の内線・有楽町線・副都心線が集まり、乗降客数で地方都市トップを誇る大阪・梅田を上回り新宿に次ぐ国内第2位のターミナルである池袋。西武池袋本店はここの東口に立地していて、年間来店者は日本一の7000万人。ラグジュアリーも充実の一方で「ロフト」「無印良品」など元セゾングループのノウハウも結集させ幅広い集客に成功しているイメージです。明治通りにへばりつくような建物構造で南北に長いデメリットを「縦のゾーニング」でうまく処理しつつ、上層階に集客装置を設けることで回遊性強化の施策もしっかり見て取れます。



1980年代、糸井重里さんが「おいしい生活」などのキャッチコピーを連発していた時代、伊勢丹新宿本店に勝るとも劣らないファッションデパートであったそうです。のちに三越伊勢丹ホールディングス社長となる大西洋さん(現・日本空港ビル副社長兼羽田未来総合研究所社長)によると、伊勢丹新宿本店勤務時代に上司から「西武に負けるな!」と叱咤されていたといいます。私の知る限り、〈エルメス〉、〈イヴ・サンローラン〉(現:サンローラン)、〈ミッソーニ〉などのラグジュアリーブランドの1号店を誘致したほか、〈コム・デ・ギャルソン〉(川久保玲)、〈イッセイミヤケ〉(三宅一生)、〈タケオキクチ〉(菊池武夫)などの新進気鋭のデザイナーを育て、西武から全国、さらには世界に雄飛させていきました。「ファッションの総合商社」とまで持て囃されることで、伊勢丹を差し置いて西武に有力ショップが入居するケースが多発、当時、3代目小菅丹治率いる伊勢丹をして相当の危機意識をもたらしめる存在であったことが、先の大西さんのお話に窺えます。


アート・カルチャー都市を目指す豊島区


一方の豊島区。一時は「消滅可能性都市」として指摘されつつも高野区長はそこからの復活を掲げ池袋周辺のリノベーションを進めていきます。南池袋公園は2016年に、池袋駅前に位置する池袋西口公園は2019年にそれぞれリニューアルし、「オジサン」のイメージが強かった街に家族連れやカップルが集えるスポットをつくることで、子育て世代の注目を集めていきました。


(出典:豊島区)


極め付けは2020年7月にグランドオープンを果たした(19年より部分開業済)豊島区役所および豊島公会堂跡を民間活力をもって開発した文化複合施設「ハレザ池袋」。

「持続発展する国際アート・カルチャー都市」を標榜する区にとってシンボリックな施設で、シネコンを含む8つの劇場、としま区民センター、オフィス、商業ゾーンに加えて隣接地の中池袋公園も一体整備され、池袋東口の新たな顔となりました。私も首都圏在住の折にはよく散策していまして、ハレザの一角にあるフルーツパーラーには足繁く利用していました。


百貨店と量販店コラボの歴史

そんな中で降って湧いてきた西武池袋本店へのヨドバシ進出のニュース。

豊島区に本社・本店を構えるビックカメラと区との関係性を指摘する声も聞かれます。どこまで記してよいのか迷うところですが、ヨドバシカメラとビックカメラは激しいライバル関係で、双方に価格対応し合う関係であることはつとに知られています。殊に規模で劣るビックのヨドバシに対する対抗心は根強く、ヨドバシをアルファベットの頭文字「Y」を取り「Y対」としてプライスを変更する措置が取られます。ビック側が区に対してヨドバシの出店阻止を働きかけたとしても不思議はありませんが、今回は家電量販店どうしの競合ではなく、ヨドバシが西武池袋本店に入る点について詳述します。


量販店とは大量販売を指す語で、もとはアメリカの小売業が始めた大量仕入、大量販売による廉価販売を旨とした業種を指します。一方で同じ大型小売業でも百貨店はハイエンドモールに似た考えで、高級アパレルをMDのキーに据えて展開する方法。量販店と百貨店はまさに水と油です。


(出典:ビックカメラ)


その一方で双方が手を組みつつある実情もあります。三越日本橋本店の新館2フロアに〈ビックカメラ〉が入居。「ビ〜〜ックビックビック ビックカメラ♪」のポップなBGMも同店限定の落ち着いたものに変更、他のビックの店頭で見られる赤色のベストもやめてスーツで接客と、三越顧客のニーズも獲得しようと取り組んでいるようです。一連の動きの中で、百貨店社内ないしOBから異論が噴出したことは私も承知をしておりますが、地域から特段の反対があったこと、ましてや自治体が出店を阻むような対応を取ったことは聞いたことがありません。


「ヨドバシ」がつくりたいストア像

要は次の2点、西武池袋本店そのものをヨドバシが運営するということと、その際に建物の顔となる低層階にヨドバシが入居するということ、これが地元の憂慮に繋がっていることは十分想定されます。



ヨドバシが三越・パルコを差し置いて射止めた大阪駅前の大阪鉄道管理局跡地に2001年開業した「ヨドバシカメラマルチメディア梅田」。総投資額は2000億円と家電量販店出店とみればケタ外れの巨大投資のもと生まれた同店は家電だけで年間売上1000億円超と言われ家電量販店として日本一に君臨しています。当初は低層部のB1〜4階をヨドバシの直営スペース、5階〜7階と西側1階〜7階をファッションゾーン、8階はレストラン、B2は食品スーパーというゾーニングでありました。直営以外のスペースは全て定借とすることで家電だけでは集客しきれない客層の拡大と同時に、直営(小売)と定借(不動産)双方で稼ぐビジネススキームの確立に成功しました。同社はこの事例をもとに博多・京都・秋葉原などに出店し、一定の成功を収めているものとみられます。



一方で百貨店のビジネスモデルは、低層階に利幅の薄いラグジュアリーを入居させグレード感を出していく手法。西武池袋本店でもご多分に漏れず、明治通りに面した1階フロア(北側)に〈ルイ・ヴィトン〉〈ロエベ〉〈ベルルッティ〉などを配する「プレステージブティック」フロアが構成されるなど、ほぼ同様のゾーニングが取られていて、掛率の低い(=百貨店サイドにとって利幅の大きい)取引先は中層部に厚く配置させています。


報道内容を総合すると、おそらくヨドバシが池袋でやりたいのは、ラグジュアリーフロアを上層階に移した上で縮小、もしくはクローズした上で家電量販店×SC化である可能性が高いのでしょう。百貨店が事実上の量販店と化することによる客層の変化は避け難く、富裕層が新宿など他の商業集積地に流出する懸念が生まれる、これが区の目指す「国際アート・カルチャー都市」に逆行するものであることは論を待ちません。


さまざまなステークホルダーの動き

今の豊島区長は高野前区長の実質的後継者と目される高際みゆき氏。高際区長はヨドバシ出店に関して「入って来られるプランニング、それを聞けば低層部も絶対ダメかというと、これは聞いてみないと分からない」とし、「まずはご挨拶を…」との姿勢です。一方、そごう・西武の売却先として発表されているフォートレス社は基幹店へのヨドバシ入居をビジネスモデルにしているものとみられることから、百貨店店舗へのヨドバシ出店に対してハレーションが強まっている状況を様子見しているのか、売却時期の延期を図っていて、いよいよ今月25日に迫り来るセブン&アイの株主総会にも影響を及ぼしそうです。既に同社の大株主であるバリューアクトは先月にも井阪隆一社長ら取締役4人の退任と新任取締役4人の選任を求めており、水面下ではプロキシーファイトの様相に。おそらく不採算事業の最たるものである百貨店の売却決定が先延ばしが続く中で総会に突入するのは現経営陣にとっても大きなリスクであるはず。他方、事実上の業態転換で大きなリストラが想定されることで、そごう・西武の労組は今月12日、西武池袋本店前で得た1.4万人余りの同店事業継続の署名を区に提出。(※気持ちが分からないわけではないものの自社の雇用継続の署名を店先で行うやり方は筋が違うと思うが…あくまで私見。)



さりとて今更、業態維持を条件に売却先を変更するとなると、売却価額が引き下げられることは必至で、今度はセブン&アイサイドの株主が黙ってないでしょう。混迷深まる本事案でありますが、あくまでこれまでの顧客や「西武」を愛するすべての人たちへの配慮をお忘れにならないように。むろんビジネスですので下手な感傷までもを求めるつもりはありませんが、さりとて顧客や「まち」への親和性を捨てて、キャッシュ至上主義に変質しつつあるビジネス思考は少なくともわが国の風土に合ったものとは言えず、あまり感心しない思いであります。


【おことわり】

当ブログはそのタイトル通り「思い付き」更新のため不定期で更新をしてきましたが、長く続けていますと、定期的に投稿してほしい、とのお声を多数頂戴するに至りました。

そのため、原則として「月・水・金」の週3更新とさせていただきます。

(日経MJ購読の方は新聞が届く日に覗きに来てください^ ^)

私も目標として励みますが、多忙時など更新が滞ることも想定されます。何卒ご容赦いただき、気長にお付き合い頂ければ幸いです。


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