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80’ 抒情派PUNK「ILL BONE」の血と肉と骨

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抒情派パンク「ILL BONE」とその前身である「造反医学」の、血となり肉となり骨となった文化・思想・時代背景を読み解く



インデックスカードは3色展開、ランダムでお届けする予定です。

制作は、ヤブキ録音工房さんにお願いしました。

ヤブキ録音工房さんの所在地から、箕輪政博氏の母校、旧獣医畜産大学は二つ駅先。

造反医学の他、「死者」製作時には、60年代CANサウンド的残響音を再現すべく、畜産大某室にレコーディング機材を運び込んでの録音作業だったと聞きます。

感慨に耽りつつ、完成品を取りに武蔵小金井駅のホーム階段を降りていると、反対昇りエスカレーターに、ジンタらムータご一行が!

思わず「あ、こぐれさん!」と声をかけてしましました。

が、みわぞうさん私の顔知る由もなし(笑) 笑顔がとても可愛いらしかったです。

一緒にいらしたテンガロンハットの男性は、どう考えても大熊ワタル氏だったことに後から気づいた(イルボーン元オリジナルメンバーなのに!!初めて間近にいたのに!!!) /R

小山さん(小山哲人氏:A-Musik)ていう、当時あちこちでベースを弾いてた人がいてね。

小山さんと箕輪君が、人民オリンピックショーのリズム隊をやっていたんだ。あの頃は「ふな」だったかな?

それで、たぶんライブテープかなんか、小山さんが町田君にイルボーンを教えたらしいんだけど。

で、町田君が「これCANやん!CANそっくりやん。」て(笑)

俺は俺で箕輪君を通して人民オリンピックショーを聴いて「これキャプテンビーフハートやん!まんまビーフハートやんか」

「これだったら誰も知らないし、パクってもバレないだろうな」と思っていた点で、一緒やん(笑)

びっくりしたのは、あれだけパンクのスターとして世に出た町田町蔵が、そのままちゃんとパンクロックやれば絶対喰ってけるのに、って思ったこと。

本当に喰えなくなっちゃったから。酒びたりになってた。なんで自分のイメージを守らないのかな?っていう。

若いのに、変わった音楽ばかり聴いてたんだね、彼は。

町田君がイルボーンのライブに来たのは2回ぐらい。

1回は酔っ払った町田君に、ステージジャックされた(笑)

あとは学祭、フェスで一緒になった。

来たときから酔っ払ってたから、ちゃんとした会話をしたのは1回ぐらいしか記憶にない。

そのとき俺に、「カッコ悪くなりたいんすよ」とか言うから、いきなりムカついた(笑)

「あんたねぇ、ちゃんとパンクロックやればねぇ…」って思うじゃん。

何でスターの地位があるのにこんな変なことやってんの?って。

そのとき、町田君は眉毛剃って頭もツルツルに剃って来てて「カッコ悪くなりたい」って言ったから、「なんじゃそりゃ?」だよ。

「俺はあんたみたいにキレイな顔に産まれたかったよ!」って(笑)。

眉毛剃ったって、頭剃ったって、町蔵はカッコいいんだもん。オーラ出まくりなんだもん。

「ふな」というバンド名は、「イヌより弱い名前にしたかったんや」

「INUの次は、もっと弱っちい名前にしたかった。イヌより弱いのはフナかなぁ」って(笑)。これは人から聞いた話だけどね。

人民オリンピックショーがスタジオでやってたら、絶対面白い音が残せたはず。全然見かけないよね。ライブしか聞いたことない。













<造反医学「青空」に入ってる曲でも「おやすみ」あたりから(イルボーン的な)世界に入ってきてるしね。

もうちょっといい名前にした方がいいと思って。

政治的ですって言い過ぎてた。色がつきすぎだった。

で、俺が立教大のゴン先生っていう、親しい在日の先生に、いきなり真夜中に電話して。

「何じゃい⁉︎」て言われて、「すぐ聞きたかったんで申し訳ない。日本人て韓国語で何て言うんですか?」って聞いたのね。

先生、怒った声で一言「イルボンだよ!」ってガチャッて電話切った。

もう寝てたよね先生(笑)

飲んでたの。石黒の家で。石黒、酒飲めないから、場所だけ提供。> つづく