「 熱中する度合いが下がる 」 という意味だと辞書に書いてありました。
では 「 熱中 」 は ? 「 一つの物事に深く心を傾ける、夢中になる 」 こと。

私にとって熱中していることって、何でしょうか ?
仕事 ? イヤ違います。 生活 ? 家族サービス ?? イヤイヤ、違います。
生活に熱中している、とは言わないですよね。
毎日の生活にハッチャキになっていては、それは疲れてしまいそう。
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以前は間違いなく 「 走り 」 でした。
クルマ ではなく 走り。 そういう表現が正しいと思います。
それとも “ 暴走 ” “ 攻撃 ” の方が合っているかも ??
毎回毎回、ホントに楽しかった。
手塩にかけたシルビアを駆り、某サーキットを全開で攻める !!
ストレートを全開で加速する G、コーナーアプローチの緊張感、
バトルの興奮、達成感、走行後の安堵 ・・・
ストリート独特の何とも言えない空気感が、たまらなく心地良かった。
昼間のサーキット走行会では味わえない、あの雰囲気。 最高でした。
走行会の方が安全に、しかも早く上達できるのは分かっています。
それなりに楽しいことも分かりますが、行く気にはなれませんでした。
走り屋は夜中にストリートを攻めてナンボ。
走りとは不健全なもので、モータースポーツとは異なるもの。
そう思っていました。 今でも ・・ そう思うかな ?

走りたいのに走られない時のイライラは凄まじいほど。
人格が崩壊してしまうのではないかと思えるほどでした。
雨の日もそうですし、家庭の事情も。 入庫中もそうですね。
走るために仕事をしている。 金を稼いでいると思っていました。
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それがいつの頃からか、「 楽しい 」 から 「 怖い 」 に変わってきたのです。
走行前に えずく ようにもなりました。
極度のストレス ・・ というか緊張感でしょうか。
それまで楽しかったものが、何故なのか。
スピード域が段々上がり、自分の手に負えなくなってきているのを
本能的に感じ取っていたのかも知れません。
ライトウェイトマシンとばかり走っていて、リズムが合わないというか
湾岸ミッドナイト的な表現を用いると
「 同調しない 」
のも要因のひとつだったのかも知れません。
なかなかバトルに勝てないからイヤになってきたという
自分勝手な理由もあるでしょうね。
仲間と走り方が合わなくなってきたのは、あると思います。
それでも、走るとそれなりに楽しいのは事実。
長年続いている組合の火を消すまいとの思いもあり、走り続けていました。
そういう時って、あぶないんですよね。
フトした時、集中力が途切れてしまうのです。
そしてどうなったかは、散々書いているので割愛します。
もちろん、走りに費やした日々や知り合った仲間は、私にとって 宝物。
若かりし頃に戻っても、同じように走るでしょう。
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今。 「 ああクソ ! 走りてぇ !! 」 とは コレッポッチも思いません。
イチゴくんには乗りたいですが、それは 「 走りたい 」 ではなく
ドライブしたり洗車したり山登りをしたり、写真を撮って眺めたいということ。

どうなんでしょうね。 ジュウナン年も散々走ったからこそ
そういう風に思えるのでしょうか。
まだまだ走り足りないではなく、モウイイヤという気持ちが強いのです。
死ぬのが怖いからなのか、命が惜しいからなのか。
走りのリズムや考え方、アプローチの仕方にズレを感じてきたからなのか。
ウデの限界を感じたからなのか。 それはワカリマセン。
走るということがストリートを攻めるということで
それに私がすべてを賭けて熱中していたのであれば
その 「 熱 」 は、すっかりと冷めてしまいました。
あのアクシデントは良いキッカケだったのでしょう。
私の温度を下げる、冷却効果はバツグンだったということですね ・・・