マジメな、重い話をしようと思います。
歴史のこと、戦争のことに興味の無い方、
ファシズム的な思想をお持ちの方は
どうぞスルー下さいますよう、お願いいたします。
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8月15日は終戦の日です。
各地で様々なイベントが行われ、テレビでも採り上げられていました。
65年目にもなると、戦争経験者も高齢化が見られます。
ニュース等での取扱いもさほど大きくなかったような気がします。
私は・・ 心の師である池上先生の特番を見ていました。
「 戦争とは、どんなものだったのか 」
「 なぜ、戦争が起きたのか 」
「 どうやって終わったのか 」
そんなテーマと正面から向き合い、大変勉強になる内容でした。
「 8月15日に見るからこそ、意味がある 」
そう考え、裏番組を見たいとごねる妻を無視し、見入っていました。
私は小さな頃から歴史、日本史が大好きでした。
小学生の頃から高校生用の参考書を読み、授業も大好きでした。
( 日本史に限った話ですが )
歴史が好きな人はまず、戦国時代に興味を持つと思います。
武将が群雄割拠した時代、天下取りに向けてギラギラ・・
または、明治維新の時代。
新しい時代の幕開けに向けて、若者が活躍する。
大変ワクワクする時代です。
私は、まったく興味がありませんでした。
テストに出る最低限のことしか覚えませんでしたし、
今はもう、すっかり忘れてしまいました。
そんな私がとても興味を持ったのが、
大正・昭和初期から戦争に向け、日本が軍国主義へとひた走り、
そして敗戦を迎えるまでです。
「 何が日本をそうさせたのだろう 」
子供の頃にも感じた疑問。
そんなことを、改めて学んでみました。
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欧米各国に遅れをとっていた我が国。
列強として名を連ね、国力を強化するために必要なこと。
それは "資源の確保" です。
豊富な地下資源を求め、インドネシアやマレーシア方面へ進出。
中国東北部、いわゆる満州にも手を広げました。
外交交渉で資源を手に入れ、領土を広げるのであれば
それもひとつの方法です。
日本がとった行動は、武力による進出、侵略でした。
相手の指導者を殺したり、
武力進出の大義名分を作るため列車を爆破してみたり
数発の射撃をきっかけに相手への攻撃を開始したり・・・
他国領土に自国傀儡政権まで作りました。
諸外国の話を聴かず、国際組織からも脱退、孤立。
ファシズムを推し進めていた国と同盟を結ぶ。
アメリカからの最後通牒を、あくまで外交上の交渉なのに
「 もはや開戦あるのみ 」 と・・・
当時の映像を見ただけで、どちらが有利であったか一目瞭然。
真珠湾攻撃の米軍資料映像は、すでにカラーでした。
かなり差別や皮肉まじりではありますが、
日本人の国民性について、よく調べられていました。
アメリカは捕虜になった時の対応方法を教育していましたが、
日本はそれを想定などしていません。
「 生きて虜囚の辱めを受けず 」
最悪を想定した危機管理など皆無です。
捕まるくらいなら死ね、ということです。
戦時中、日本は英語を敵国言語として使用を禁止したのに対し
アメリカは積極的に日本語を学び、敵をよく知ろうとしました。
山本五十六長官を殺す時も、議論を重ねたそうです。
彼を殺して、もっと優秀な人物が指揮を執ったらどうなるのか。
彼以上に優秀な人材は日本にいるのか。
その山本長官は開戦前、こう言ったそうです。
「 "半年間なら" 暴れてみせましょう 」
戦力の差は歴然、長期戦はとてもじゃないが無理だということを
彼はよく理解していたのでしょう。
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"半年間は" 勢いよく勝ち進んでいた日本ですが、
ミッドウェー海戦を機に形勢は逆転、一気に敗戦へと進みます。
大都市への無差別空襲、沖縄戦、原爆の投下。
原爆については、本当にそこまでする必要があったのか、
という批判、議論があります。
その是非 ( 悪いことに決まっているのですが ) は分かりませんが
そこまで徹底的に現状を破壊しないと、戦争は終わらないのです。
多数の戦死者を出し、一般人にも多くの犠牲者が出ました。
いつでも犠牲になるのは、一握りの指導者ではなく、末端の市民です。
戦争は終了し、日本はGHQの統治下に・・・・
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戦争に進む過程を学ぶと、当然思うことがあります。
「 なぜ、無理だと気づかないのだろう 」
「 なぜ、物申す人がいなかったのだろう 」
アメリカと戦争をしたって敵わないことなど、誰でも分かることです。
戦争反対論もあったはずです。
なぜ、それが採用されなかったのでしょうか。
どだい無理な戦争であったこと、侵略を続け領土を拡大することが
人道に反したいけないことだということ、
薄々気づいていた人もいたでしょう。
なぜ、気づかないのか。
政府や軍による世論誘導、洗脳の結果だと思います。
欧米に追いつき追い越し、領土を拡大。
"神の国" 日本は絶対に負けない。
日清・日露戦争にも勝利した。
「 強い日本のためには戦争が不可欠 」
そう国民を洗脳し、反対意見は徹底的に弾圧したのでしょう。
なぜ、物申す人がいないのか。
「 いない 」 のではなく 「 できない 」 のでしょう。
薄々感じてはいるけど、世論に流され、雰囲気がそれを許さなかった。
池上先生がこう言っていました。
「 空気みたいなものに流され・・・ 」
まさしく、そういうことだと思います。
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「 空気が読めない 」 という言葉があります。
その時の情勢や周囲の状況、組織の考えやベクトル、
そういう "雰囲気 = 空気" をまったく察知しようとせず
自分の思いついたことを、ただただ言い放つ人。
私は、こういう人物が何よりも大嫌いです。
無責任極まりない、子供の戯言だと思います。
この言葉、協調を是とする、とても日本人らしい言葉です。
私も、骨の髄まで日本人的な思想・発想です。
一方でこの言葉は、全体の前に個人の意見を黙殺し
個性を否定しかねない言葉でもあります。
当時の日本は如何だったのでしょうか。
一人一人の意見が押し殺され、一部の人間の偏った意見に左右される。
反対しようにも "空気" がそれを許しません。
"一部の人間" の考えは大抵過激で急進的、極めて攻撃的な考えです。
政府が誘導する軍国主義的な "空気" を国全体が感じ取り
世間との協調を是とする国民性と相まって、
少数の反戦論、個性は抹殺されていったのではないでしょうか。
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私たちの身の回り、現代においては如何でしょうか。
流石に戦争に向かって進んでいる組織はないと思いますが、
企業活動、会社では如何でしょうか。
一握りの権力者が声を発し、みなイエスマン。
実績の迫力みたいなものが優先され、その論理を冷静に分析しない。
成績優秀者の意見が何においても正しいとは限りません。
セールス能力とマネジメント能力は別物です。
内容よりも、会議での "声の大きさ" が優先される。
その風潮、"空気" に反する意見を述べれば、見事に抹殺。
当時の日本に近いとは思いませんか。
全体のために少数意見が消されてしまう怖さ、
一部の意見だけで物事が進んでいく怖さを
日本人は嫌というほど知っているはずなのに、繰り返される。
あくまで個々の企業活動であることが救いですが、
何とも言えない恐ろしさを感じます。
どこかの独裁テロ国家と何が違うのでしょうか。
もし間違った方向に進んでしまった場合、
それを終わらせるには大変な犠牲を必要とします。
何もかも、全てを破壊しないと終わることはできません。
企業活動において言えば、倒産・解散といったところでしょうか。
過ちをよく学び、そのメカニズムを理解する。
同じことを繰り返さないため、ひとりひとりが意識する。
大きな物事だけで考えず、身近な問題に置き換え、危機意識を持つ。
バランスのようなものは大事ですが、
言わなければならないことは、しっかりと声に出す。
そういうことが大切なのではないでしょうか・・・



仕事で悩んだり、趣味を気軽に楽しめる現代、本当に幸せです。
その生活の根底に、先人たちが流した血があることを忘れてはいけません。
「 私たちには、何ができるのか 」
平和なことは、とてもいいことですよね。