本書は、文筆家の大竹昭子氏が、
世界的写真家・森山大道の人生と創作の軌跡を
描いた初の本格評伝です。
森山の歩みをたどることは、そのまま日本の戦後写真史を
たどることでもあり、著者は30年以上にわたる本人との
交流に加え、綿密な調査や関係者への取材を通じて、
その実像に迫っています。
森山は1938年生まれ。当初はデザイナーを志しましたが、
写真家・細江英公との出会いなどを経て写真の世界
へ入りました。
転機となったのが街頭でのスナップ写真です。
横須賀などの街を歩き、計画された構図ではなく、
目の前に突然現れる人や看板、路地、車などを
反射的に撮影しました。
粒子が粗く、ピントが外れ、画面が傾くこともある
「アレ・ブレ・ボケ」
と呼ばれる表現は、
従来の「美しく正確な写真」
という価値観を大きく揺さぶりました。
1960年代末には写真同人誌『プロヴォーク』に参加し、
寺山修司や三島由紀夫ら同時代の文化人とも
接点を持ちながら表現を深化させます。
一方、1972年の『写真よさようなら』以降は
深刻なスランプに陥り、薬物に頼る時期も
経験しました。
しかし、再び街へ出て撮ることで復活します。
その後『Daido hysteric』などが若い世代から支持され、
海外でも高く評価され、
2019年にはハッセルブラッド国際写真賞を受賞しました。
本書から伝わるのは、森山にとって写真が単なる職業や
芸術表現ではなく、「生きることそのもの」だった
ということです。
才能だけで一直線に巨匠になったのではなく、
迷い、挫折し、それでもカメラを手に街を
歩き続けました。
「写真があってよかった」という題名には、
写真によって世界とつながり、
自分自身を立て直してきた一人の人間の
人生が凝縮されています。
創作とは何か、そして好きなことを続けることが
人生をどう支えるのかを考えさせてくれる一冊です。
