本書は、ニュースでは見えてこないイラン社会の
「本音」と「裏側」を、
長年現地で暮らした著者の体験を
通じて描いた一冊です。
表向きは厳格なイスラム国家であるイランですが、
実際には多くの国民が体制や宗教に疲弊し、
建前と本音を使い分けながら生きている現実
が描かれています。
本書で特に印象的なのは、
イラン社会に広がる「地下世界」の存在です。
飲酒や恋愛、パーティー、さらには宗教離れまで、
本来は禁止・制限されている行為が、
水面下では広く行われています。
例えば、若者たちは自宅の地下室などで
秘密のパーティーを開き、
欧米音楽を流しながら自由を楽しみます。
また、表向きは敬虔なムスリムを装いながら、
実際には宗教を信じていない人や、
密かにキリスト教へ改宗する人も存在します。
著者は、こうした人々を
「体制から逃げるための生存戦略」
として描いています。
また、イラン人特有の国民性についての分析
も興味深いです。
イラン人は強い誇りを持ち、
自らをアラブ人とは異なる
「ペルシャ文明の後継者」
と考える傾向があります。
一方で、長年の経済制裁や独裁体制に
よって自己肯定感が低下しており、
美容整形ブームが広がっていることも
紹介されています。
特に鼻の整形は一種のステータスに
なっているそうです。
さらに、日本に対する複雑な親近感も
本書の大きなテーマです。
イランでは「おしん」や日本製品の影響もあり、
日本は非常に好意的に見られています。
しかし著者は、それが単純な親日感情ではなく、
「日本のように近代化したかった」
という憧れや、
「自分たちも本来は豊かな文明国だった」
という誇りの裏返しでもある
と指摘します。
本書の核心は、イランの問題を単なる
「独裁国家」
の一言で片付けない点にあります。
著者は、小さな権力者が日常の中で
横暴に振る舞う
「小さな独裁」
が積み重なり、
大きな独裁体制を支えている
と分析します。
そして国民自身も、コネ社会やメンツ文化の中で
その構造に加担していると述べています。
『イランの地下世界』は、
単なる中東情勢の解説本ではありません。
抑圧された社会で人々がどう自由を求め、
建前と本音を使い分けて生きるのかを描いた、
人間社会の本質に迫る
ノンフィクションです。
イランを通して、日本社会や私たち自身の姿まで
考えさせられる一冊だと感じました。
