『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である ――こころの資本の経済学』樋口耕太郎 著
知人に勧められて読みました。
なかなかおもしろかったです。
競争のど真ん中から始まった人生
『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である ――こころの資本の経済学』は、
いきなり「心」や「愛」の話から始まる本ではない。
むしろ出発点は、とても現代的だ。
著者は米国の大学院でMBAを取得し、
ウォール街という
利益と成果がすべて
の世界でキャリアを築いていく。
数字で測れるもの。
効率。
勝ち負け。
そこでは「うまくやっているはず」だった。
けれど、その成功の感覚と並行して、
どこかに言葉にできない違和感が積み重なっていく。
こんなにも多くの人が疲れ果てているのか。
経済学は、
人を「合理的で利己的な存在」
として扱ってきた。
しかし、現実の人間はそんなに単純ではない。
不安になる。
意味を求める。
誰かとつながりたい。
効率や成長だけを追いかける仕組みは、
気づかないうちに、
人の心をすり減らしてきたのではないか。
著者は、経済活動の背後には
必ず「こころの状態」がある
と気づいていく。
沖縄のホテルで試された、もう一つの経営
転機となるのが、沖縄でのホテル再生の仕事だ。
投資先の立て直しという、
一見すると「数字の話」に見える現場。
しかし著者が選んだのは、
効率化やコストカットではなく、
「愛」を経営理念に据えることだった。
スタッフを信じる。
地域との関係を大切にする。
短期的な利益より、長期的なつながりを見る。
すると、不思議なことが起こる。
人が生き生きとし、
場に安心感が生まれ、
結果として経営も持続していく。
ここで浮かび上がるのが、
本書の中心となる考え方だ。
見えないけれど、最も大切な資産
著者はそれを
「こころの資本」と呼ぶ。
自己信頼。
安心感。
他者とのつながり。
「これでいい」と思える感覚。
数字には表れないが、
人生や経済の土台になるもの。
こころの資本が枯渇すると、
どれほどお金や地位があっても、
人は不安定になる。
逆に、こころの資本が満たされていれば、
人は困難から回復し、
創造的に生きられる。
「豊かさ」とは何か。
その定義が、静かに書き換えられていく。
自分を愛せない社会が生むもの
では、なぜ私たちは
こんなにも自分を大切にできなくなったのか。
社会には、こんなメッセージがあふれている。
-
役に立たなければ価値がない
-
成果を出さなければ認められない
この価値観の中では、
誰もが常に不安を抱える。
自己否定を内側に抱えたまま生きる人は、
他者を支配したり、
過剰な承認を求めたりする。
著者は、社会問題の多くは
個人の弱さではなく、構造の問題だ
と指摘する。
人生と経済を、もう一度つなぎ直す
本書が描くゴールは、
「やさしい理想論」ではない。
自分の感情や価値観を尊重しながら働くこと。
他者や社会とつながりながら、
意味のある経済活動を行うこと。
それはすでに、
各地で静かに始まっている生き方でもある。
人生は、
成功するための戦いではない。
長い時間をかけて、
自分を理解し、受け入れ、
愛していく旅なのだ。
読後に残ったこと
この本が示しているのは、
「こころを犠牲にしない生き方こそが、
人生も経済も持続させる」
という、新しい時代の羅針盤だと思う。
この本から、自分の人生に引き取った問い
『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である ――こころの資本の経済学』を読みながら、
私の中に残った問いがある。
「勝ち負けや損得で自分を測らない生き方を、
私は本当に受け入れられているだろうか」
かつて私は、
ウォール街的な世界観――
勝つか負けるか、
儲けるか損をするか、
成果を出すか出せないか、
そうした基準の中で生きていた。
そこでは、
スピードと合理性が正義で、
感情や迷いは、どこか「余計なもの」だった。
今は、日本の田舎に身を置き、
人と人との距離が近く、
効率よりも関係性が重んじられる、
愛が基軸にある社会に戻ってきている。
正直に言えば、
この生き方をすぐに肯定できたわけではない。
自己を愛すること。
隣人を愛すること。
それらを「価値あるもの」として
頭では理解できても、
身体がついてくるまでには時間がかかった。
競争から降りることへの不安。
成果で測られない場所に立つ怖さ。
何者でもなくなる感覚。
それでも今は、
こうした問いを抱えながら生きる人生も、
悪くない、
むしろ
豊かさの別の形なのかもしれない
と思うようになっている。
この本は、
その迷いを否定せず、
「時間をかけていい」と
そっと背中を押してくれた。
愛を軸に生きると、手放したものと、それでも残ったもの
私は同時に、いくつかのものを手放すことになった。
その中で、いちばん大きかったのは、
自分の家族と共に暮らす日常だった。
単身で故郷に戻るという選択は、
理屈では説明できても、
感情の面では簡単ではなかった。
「愛を大切にする生き方」を選びながら、
家族との距離が物理的に離れるという矛盾。
それは、
自分の中で何度も問い直すことになった痛みでもある。
それでも、
その選択の先に、まったく別の形の愛が残っていた。
地域の方々の役に立つこと。
畑で採れた野菜を分けてもらうこと。
さりげなく差し出される食べ物や日用品。
何気ない会話の中にある、あたたかな気遣い。
それらは「施し」という言葉では収まりきらない、
人と人とのあいだを循環するやさしさだった。
効率も、成果も、
誰が得をしたかも問われない。
ただ、
生きていることを互いに認め合うような、
ほのぼのとした、あたたかい生活。
この本が語る
「こころの資本」とは、
こうした日々の中で、
静かに積み上がっていくものなのかもしれない。
愛を選ぶことは、
何かを失うことでもある。
けれど同時に、
数字では測れない豊かさが、
確かに残る生き方でもある。
なかなか、考えさせられる一冊でした。
それでは、また。(^_-)
