スタンフォード大学の卒業式で語られた、
アップルの創設者、スティーブ・ジョブズ

の有名なスピーチがあります。
「Connecting the dots(点をつなぐ)」。

 

要点は、こうです。

未来を先読みして、
あらかじめ点と点をきれいにつなぐことはできない。
後になって振り返ったときに、
「点と点がつながっていた」と分かるだけだ。

だから、いまやっていることを信じる。
実を結ぶと信じて、行動するしかない。

 

ジョブズの話を、
私なりに会社員向けにあてはめてみます。

ここでいう「点」とは、
今までの「仕事の経験」のことです。

 

だいたい45歳を過ぎると、

会社員は黄色信号になります。

出世の天井が見え始め、
年下が上司になり、優秀な若手が台頭してくる。

 

そのとき、多くの人がこう思う。

「これから、何をやればいいんだろう」
「自分には、もう何もない」

――そして、自己否定が始まる。

 

だが、冷静に考えてみてほしい。
45歳なら、会社員歴は20年以上。

何もないわけがない。見えていないだけ

 

45歳以上の会社員に必要なのは、
華々しい経歴でも、
特別な資格でもないのです。

 

これまで積み上げてきた仕事の中に、
会社や同僚、後輩、顧客に
貢献できる何かが必ずあるはず。

それを見つけて、少しずつ育てる。

それが、
45歳以降の会社員のキャリアの正体です。

 

会社員は、
好きな仕事だけを選べるわけではない。

むしろ、
与えられた仕事をやる時間のほうが圧倒的に長い。

だからこそ、
その仕事をどう認識するかがすべてになるのです。

 

「仕方なくやる仕事」か、
「この仕事で何かを掴みにいく」か。

目の前の仕事に意味を見出そうとする。
ここで一段、成長してやろうと構える。

その姿勢そのものが、
「意味のある点」を生みだすのです。

 

ジョブズは言っています。
未来は、まず目の前のことをやることでしか開けない。

これは、
意識高い話でも、
夢追い人の話でもない。

会社員の現実に、いちばん合っている話です。

 

点は、今はバラバラでいい。
とにかく打つ。

あとで振り返ったとき、
「ああ、この点が今に自分につながっている」

と感じられれば。

会社員のキャリアとは、そうやって、

後付けで意味が生まれるもの

 

点は、乱打するしかない。

点が増えれば、
あとから勝手につながる確率も上がります。

人生は、
きれいな設計図どおりには進まない。

アウトプットは「理解度テスト」である。

木暮太一さん(言語化コンサルタント)の話を聞いて、

膝を打った。

 

言語化能力を一気に伸ばす、いちばん効率のいい学習法。
それは何か。

答えはシンプルだ。
アウトプット前提でインプットせよ。

 

もっと言えば、
「誰かに教えるつもりで学べ」という話だ。

しかも、その「誰か」は、
頭のいい同僚でも、意識高い系の勉強会仲間でもない。

授業をサボりがちな友人。
つまり、あまり分かっていない人。

ここがポイントだ。

 

人に教えようとした瞬間、理解はボロを出す

インプットだけしていると、人はだいたいこう思う。

「うん、分かった気がする」

ところが、
「これを人に説明してください」と言われた瞬間、

「あれ? ここ、どう言えばいいんだ?」となる。

 

そう。アウトプットは、理解の健康診断なのだ。

インプットだけでは気づけない
「自分が分かっていない場所」が、
容赦なくあぶり出される。

 

優秀な上司より、
質問の多い新人のほうが、よほど勉強になる理由がここにある。

 

言語化を鍛える、実に実務的な方法。

木暮さんの話がいいのは、
精神論で終わらないところだ。

具体的なトレーニングも、ちゃんと用意されている。

たとえば――

比較せよ
「寒い」ではなく「昨日より5度低い」

比較が入ると、世界は一気に分かりやすくなる。

数から話せ
「ポイントは2つあります」数を出すだけで、
話し手と聞き手の頭の中に共通のフレームができる。

ビジネスの言語化とは、表現力の競争ではない。

曖昧さを削り落とし、意味を確定させる作業だ。

 

ここからは、少し私の話。

私は仕事柄、
医療・介護保険制度のセミナーを顧客向けによく行う。

制度は定期的に改正される。
当然、最新情報をインプットする。

 

で、そのまま制度改正を
「はい、次。はい、次。」と羅列して話すとどうなるか。

反応は、見事に割れる。

知識のある人→「参考になりました」

知識のない人→「難しい」「よく分からない」

まあ、当然です。

 

だから私は、
インプットの時点でこう考える。

「これ、中学生に説明するとしたら?」

受講者の制度理解レベルを、
中学生〜高校生に設定してインプットし直す。

 

そして、
「どうアウトプットすれば伝わるか」
を考えながら準備する。

これをやると、
知識が少ない人の満足度が、驚くほど上がる。

 

もちろん、不満はゼロにならない

正直に言えば、
制度に詳しい人からは、こう言われることもある。

「それ、もう知ってます」「もう少し深い話が聞きたかった」

はい、分かります。ごもっとも。

 

だから私は、「超基本編」 「入門編」

といったラベルを、ちゃんと付ける。

このセミナーは初心者向けですよ
という「事前の言語化」を怠らない。

期待値調整も、立派なアウトプットと思うのです。

 

インプットの質は、アウトプットで決まる。

結局のところ、こういう話ではないか。

・ただ知る → 何も残らない

・人に教える → 一生モノになる

アウトプットを前提にした瞬間、インプットの姿勢は別物になる。

メモの取り方も聞き方も変わり、理解の深さは段違いになる。

 

インプットの際、
「授業をサボりがちな友人にどう説明するか」

と考えてみる。

たぶん、その瞬間から、
学びの景色が変わる。

古来から今この瞬間まで、

数え切れないほど多くの人の人生を、静かに、

しかし確実に動かしてきた「魔法の言葉」があります。
さて、何だと思いますか。

答えは 「ありがとう」

 

拍子抜けしましたか?

精神科医でベストセラー作家の

樺沢紫苑氏の著書『感謝脳』に書かれています。


感謝すると、

脳内でドーパミン、セロトニン、オキシトシン

といった「幸福物質」が分泌される。
ストレスは減り、免疫力は上がり、人間関係は滑らかになる。

 

要するに、
「感謝は気合い」ではなく、
「感謝は脳の仕様」なのです。

 

しかも樺沢氏は、根性論で終わらせません。
「1日3つ、感謝を書け」という、

極めて実務的な処方箋を出しています。
精神論ではなく、脳の書き換え作業です。

 

私の会社は、いわゆる大企業です。
そして、はっきり実感していることがあります。

それは――

「大企業の会社員は、思っている以上に恵まれている」

という事実です。

 

試しに、冷静に棚卸ししてみましょう。

・情報は勝手に集まってくる
・社内外に知り合いが増える
・PCは最新、壊れたら即システム課
・ネットは無制限
・スマホは会社支給
・机と椅子は腰にやさしい
・業界誌は読み放題
・オフィスは常に清潔(自分は掃除しない)
・役職がつくと、なぜか社会的ステイタスもついてくる
・仕事は会社が用意してくれる
・ノルマ未達でも給料は出る
・社外交流の機会が多い
・若い人から刺激をもらえる
・飲み仲間、遊び仲間が自然発生する
・コミュニケーション力が鍛えられる
・一般常識と基本マナーが自動インストールされる
・プレゼンがうまくなる
・出張ついでに名所を巡れる
・美味しい接待もある
・健康診断がある
・総務が健康を気にしてくれる
・社会的信用が高い
・ローンが組みやすい
・生活リズムが整う
・孤立しにくい
・家以外の「居場所」がある

 

……どうでしょう。

冷静に見れば、

そう、
大企業の会社員は、ほぼパラダイスに住んでいます。

 

もちろん、反論は分かります。
「上司と合わない」
「人間関係がしんどい」

ごもっとも。

しかし大企業には、もう一つ強力な装置があります。
人事異動です。

 

上司が動くか、自分が動くか。
確率論で言えば、時間が解決するケースはかなり多い。
これは個人商店にはない、

巨大組織ならではの「安全装置」です。

 

だからこそ、です。

大企業の会社員、とりわけ45歳を超えた人。
まずやるべきことは一つ。

「自分は今、パラダイスにいる」と気づくこと。
そして、感謝すること。

感謝は美徳ではありません。
戦略です。

 

パラダイスにいながら文句を言うのか。
それとも、感謝してフル活用するのか。

選択肢は、意外とシンプルです。

心理学者であり、能力開発の世界的権威。

コーチングの創始者でもあるルー・タイス氏(1935–2012)。

 

若き日のタイス氏は、高校教師だった。

そのクラスに、ブルースという生徒がいた。

 

ブルースは口蓋裂という先天的な障害を持ち、

一部にはけいれん性の麻痺もあった。

そのため、ほとんどの生徒が彼に近づくのを避けていた。

 

タイス氏は、毎日彼とすれ違う時に声をかけ、

時には話しかけていた。

 

それが、2年、3年と続いた。

卒業式の前日、ブルースは一枚のカードを渡してくれた。

 

「ありがとう、タイス先生。

学校で毎日、声をかけてくれて」

 

それだけだ。

だが、そのカードは、タイス氏の人生の重心を一気にずらした。

 

当時の彼の頭の中は、

「どうすれば大きな成功をつかめるか」

でパンパンだった。

 

だが、最大の喜びは、

いつも「目の前に」にあったのだ。

 

必要だったのは、

ほんの少しの時間と、ほんの少しの思いやり。

それをブルースに与えるだけで良かったと。

 

タイス氏は後にこう語っている。

 

成熟した人間の特徴の一つは、

見返りを求めずに「与える」ことができるかどうかだと。

そして、人は年を重ねるほど、

その領域に近づいていくべきだ、と。

 

「与える」と言っても、

別にお金持ちになる必要はない。

与えられるものは、

時間、ひと言、手助け、技術、知識。

だいたい、もう手元にある。

 

さて、私の会社員人生も、

気づけば最終コーナーに差しかかり、

ゴールテープも「薄っすらと」見えてきています。

 

これまで、会社にはいろいろな仕事をやらせてもらった。

正確に言えば、

「やらされながら、知らぬ間に蓄積していたもの」

が山ほどあります。

 

タイス氏の話から、今、思う。

それを、次の世代に渡さない手はない。

 

恩着せがましく語る必要はない。

立派な講義もいらない。

ただ、声をかける。一言添える。

引き出しを少し開ける。

 

成功を追いかけていた頃には見えなかったものが、

人生の後半になると、

なぜか目の前に現れる。

 

たぶん、それが「成熟」というやつなのかと。

年賀状を出し終えた。

最大200枚以上出していた時代もあった。

今は、わずか20枚。

 

理由は単純。

惰性で送っていた関係は、もう卒業した。

フェードアウトする恋愛のように、距離を空け、自然消滅。

残ったのは20名。

ここが私の「縁の生存者リスト」。

 

世の中では「年賀状納め」という儀式まで登場し、

「年賀状卒業」がまるで成人式のように祝われる時代。

 

今はネットで発注すれば、

宛名も印刷、裏面もデザイン、全部自動。

いわば「タッチ1回で人間関係が成立する未来型挨拶」。

便利過ぎて、逆に人間が置いていかれそうだ。

 

なのに減る。なぜか。

 

本当に厄介なのは、

「一言メッセージ」なのではないか。

 

印刷だけなら100枚でも余裕だ。

だが私は、20枚すべてに手書きの一言を添える。

この瞬間、「自分の人間関係ペン字審査」が始まる。

 

枚数が減ると、

1枚1枚が急に「重い存在」になる。

「この人になんて書こう」

「今年あの人との関係はどうだったっけ」

5分書いて何も思い浮かばないと、

なぜか急に掃除が始まったりする。

 

でも、逆に自分の「縁」が棚卸しされていく。

これはスーパー効率化社会の真逆の行為。

だが、妙に豊かだ。

 

今年、強く感じた。

残った20枚こそ、更新すべき縁。

名簿に「誰だっけ?」は一人もいない。

名前を見るだけで、会話が蘇る。

脳内で勝手に再生される「その人の声」が、

けっこうリアルで笑える。

 

年賀状文化は終わりゆく運命かもしれない。

なんなら私だって、来年フェードアウトする候補者だ。

でも今年、20枚の重さを感じた私はこう思った。

「人間関係は枚数ではなく、考え抜いた一言に宿る」。

 

年賀状は、やめてもいい。

でも出すなら、少なくていい。

考え抜いた「一言」があれば、それだけで十分。

 

今年の20枚。

たった20枚。

来年は何枚残るのだろう。

もしかしたら、

「最後の1枚」にたどり着くまでが、

人生の面白さなのかもしれない。