今の1番の悩みは肩こり | 女神★降臨

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ベジタリアン、ゴス、メタル、というか音楽全般、アート、LGBT、SM、語学に生きるチアキの日常。
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31歳になりました!肩こりに悩まされる日々!

デスクワークで以前は疲れ目がキツかったのに、今では肩こりが、めちゃんこキツイ!

 

湿布貼ったり、母親の磁気ネックレス貼ったりしてる(悲)

長い事、休まず鑑定していたので先日、2日間の休みをとったのですが、昨日はノルマのツケが回ってきました(笑)

思った以上に稼いだ。

 

少々エネルギー不足かもしれない。

いつものように読書感想文を書く元氣がないぞ。

ちなみに今はトロツキーの「レーニン」を読んでいます。

 

 

 

永続革命論を読んでからレーニンの事が好きになってしまったので…

 

今、レーニンが亡くなったところのページを読んでいます。

全体的に小説のような本で、氣持ちがシンクロしてくる。

レーニンが亡くなったくだりで私も落ち込んだ…。

ダレン・シャンでクレプスリーが亡くなった時も落ち込んだな…。

 

ともかくも…革命のために心血を注ぎ、学び続けるレーニンの姿勢に感銘を受けた。

レーニンは何ヶ国語も話せるのですね…密かにチェコ語を学ぶ姿についても書かれていた…。

読んでいると私も「学ぼう!」「成すべき事のために全力でエネルギーを注ごう!」そういった氣持ちになる。

(結局ほら読書感想文書いてるよ〜…)

 

ああ…肩が痛いです(苦笑)

 

思うに私はレーニンを自分にとっての理想像としてみているのだと思う。

(これはあくまでトロツキーの「永続革命論」と「トロツキー」を読んで感じた事。レーニンについては「帝国主義論」も読んだ。今読み直せば、あの頃よりはもっと違った事を学び取れるだろうな…)

 

学ぶ姿勢や実行力、世界をより良い場所にしたいという想い、勇氣。

私はこういったものに憧れるのだと思う。

私は精神世界に足を踏み込んで「正しい」と確信できるものを見つけた。

けれど社会全体の正しいシステムを未だ確信を持って見つけられない。

確信を持つためにまだまだ知るべき事がありすぎて。

ある程度、確信を持っている物事もある。

ヴィーガンでいる事や、子供を産まない事もそうだ。

私は確信を持ち、全力でやり遂げたい、世界をより良い場所にする方法が知りたいからこそ本を読む…外国語を学ぶ…。

 

ちなみに私は学生時代キング牧師にも感銘を受けた。

うーん…私は危険な立場に立たされても勇氣を持って世界を変えるために行動できる人が好きなんだな。

何があろうともその意志を貫けるかどうか。

 

私はヴィーガンなので周りにもヴィーガンの人は多い。

ヴィーガン、フェミニスト、アンチナタリスト…だね。多くは。

 

ヴィーガンの人たちと関わる事が出来て良かったと思う事は私自身、本当によくある。

反搾取を本当に実行できる人たちだから。

菜食を心がけずに平和を語るのは、おかしな話だと思う。

「世界が平和になって欲しい」という人たちは、たくさんいるけれど、平和を実践する人はどれくらいいるだろう❓

平和を願うなら自ら学ぶ姿勢を持つはず。

弱者やマイノリティを理解しようと思うはずだろう。

 

ヴィーガンの人たちは、そういった弱者にきちんと目を向けている人が多いと思う。

「氣にしないで。あなたは悪くない。」といった慰めで終わらせるのではなく「私も一緒に声をあげるよ」という姿勢で寄り添ってくれる。

そういった人たちに囲まれていると私は希望を感じられる。

 

最近私は、ある知人と一悶着する事があった。

彼女が約束を守ってくれなかったのでLINEをブロックして縁を切ったのだが…

そのあとフェイスブックの方から謝罪のメッセージがきたので許す事にした。

頼んでいた約束もそのあと一応守ってくれたし。

その時の事はもう水に流しているのだが、最近、ハートの声を聞くエクササイズを通しては私は彼女の事が好きではないのだな…と氣づいた。

 

この氣持ちは約束を守らなかった事とは関係ない。

私は彼女自身のあり方が好きではないのだと思う。

特別、世界を良い場所にしたいという想いもなく、他人がどういった苦痛を感じていようと享楽的に生きる姿勢や、それでいて大食いなところや(苦笑)、主体的に何かを考える事もせず、私が感情的な部分について話しても返ってくるのは大抵相槌だけという姿勢…。

 

もちろん彼女にも良いところはある。

私に対してきちんと謝罪する姿勢は偉いと思うし。

相手と向き合って謝罪をするというのは、ある種の勇氣が必要な事だと思う。

 

ただ私はそれ以外の姿勢を好きにはなれないので…。

彼女の物事を深く考えないかつ、享楽的な姿勢が凡庸で大衆的に感じるので好きにはなれない。

世界が灰色なら私には彼女も灰色に映る。

面白みもなく、誠実さも感じないのだ…。

 

ちなみに大食いである事は悪い事じゃない。

肉体を維持するためには、その人が必要とする量の食事をとるべきだ。

ただ彼女はもう…わかるでしょ…「肉大好き!誕生日にはプレゼントに肉を頼んだ!たくさん食べたい!」

 

こういうのなんだよ、こういうの…。

肉以外にも「たくさん食べたい!食べるの楽しい!」みたいな姿勢がなんかダメなんだわ…

文章にすると改めて嫌悪感湧いてくるわ。

ちなみに彼女は私がヴィーガンである事も知っているからね。

ヴィーガンがどういう生き方を意味するのかは知らないかもしれないけど。

ただの菜食主義者ではないからね。

 

そういう事で彼女からは誠実さや、キラリと光る個性を感じない。

共感できるものが、ほとんどない(汗)

頼る事も、ほとんどない。

コミュニケーションをとっていて希望を持てるような何かも感じない。

 

もうここまでくると一緒にいない方がいいんじゃないかな…。

 

最近、私は死に向かって31歩歩いた。

彼女が妊娠してから誕生日に花を贈り合う事もなくなっていたけれど、先日、彼女から、お祝いの花が届いた。

花は美しい。何度見ても良いものだ。花のある生活が好きだ。

しかし私は彼女が謝罪をしてきた後なだけに、なんだか罪滅ぼしのような意識を、この花から感じる。

彼女は私と仲良くしていたいとのこと。

だからこそ、私の機嫌を取るような…そういう意識を、この花から感じる。

花は嬉しいけど、ご機嫌取りは嬉しくないぞ…。

なぜ、そうまでして私と付き合っていたいのだろう…。

確かに彼女は私に「人に言えないことを話せる。自分の氣持ちをわかってくれる人。」とは言っていたし、私も何かしらのことで彼女の役に立てたら良いな、と思っていた部分はある…。

 

そうね。自分自身のことをオープンに話せる人を失うというのは辛いものなのだと思う。

 

なんだろう…彼女以外にも今年、言い争い(笑)になった友人はいるし、その人からは、ご機嫌取りするようなエネルギーを感じないのに…。

その友達の事は今でも友達として好きだしな。

その人の方は温かみを感じるんだよ…。

彼の方は私を利用しているだとか、そういったものがないのだと思う。

 

彼女に対しては、すでに話したように、そもそも他者の痛みに無関心という姿勢を感じるので、私の心の動きにも無関心だし、私のために何かしたいという氣持ちも薄いんだろうな…。

だからこの花自体も別に私のためじゃないんだよ…私と関わっていたいだけで。

私を利用したいという氣持ちが伝わってくるんだよ…。

 

最近、1つ驚いた事がある。

ベジ友の彼女がレイキの講習を受ける事になった話を聞いて。

なんと彼女は「千秋さんを癒したいから講習を受ける事にした」と…!!

 

私、ちょっと驚きでした。

そんな風に想ってくれてるんだ…と。

彼女はウィキペディアにも寄付してたし、困っている存在を見過ごさない人なんだな…と心底実感する。

私よりも心が綺麗だと思う(笑)

私は結構、利益になるか、ならないかを考えている部分があるので冷酷な事でも、それがベストな選択だと思えるなら躊躇なく実行できるんだよね…。

(山羊座要素強し)

 

といっても友人関係では相手が誠実か、不誠実かが重要な割合をしめる。

元彼だろうと友人だろうと縁を切る上では誠実か、不誠実かどうかが決定打になる。

 

というわけで私は今、件の彼女と親密になる氣はない。

距離を置くと思う。

それは彼女が約束を破った事が許せないからではなく、彼女の事が好きではないからですね…。

無難な会話自体はするかもしれない。

彼女と何か共感できる事があれば変わるのかもしれんけど、人は、そうそう変わるもんじゃないからねえ。

私はもっと自分のやるべき事にエネルギーを注いでいたい。

 

てか「肩こりがひどい」とかいうハッシュタグあって笑うw