私、目下韓国語勉強中。英語も勉強中では、あるが。語学は一生勉強である。
てゆーか日本語も勉強中?
私は日本語ペラペラである。英語は面と向かって会話も割と出来る。
韓国語は文通までで実際に会話するのは少しだけしか出来ない。
日本語と韓国語は文法が同じなのは有名な話。SOVの文型。
英語はSVOだ。( Subject Verb Object = 主語 動詞 目的語)
私は時々、韓国語でメール返信しながら、日本語で友達と会話したりもする。
英語でメール返信しながら、日本語もある。
カオスな場合は3カ国語使う。
以前はドイツ語でメール返信もしていたが長らくやってない!w
んで、日本語話しながら韓国語は、日本語話しながら英語よりは、やはり楽な気がした。
日本語、韓国語は頭の、使う部分が似ていると思う。
英語で話している時は途中で日本語を話すのは疲れる。
頭のスイッチを切り替える感じだ。
もしかしたら、まだ韓国語に慣れきっていないから、そう感じるだけかもしれないけど
うん、多分ずっと韓国語で話していたら、途中で日本語を話すよりも、ずっと韓国語の方が楽では、あると思う。
というのも、その言葉を話してる時って、その言葉の感覚にあるんだよね。
所謂、英語脳とか、そうだと思う。
頭の中で日本語で文を作っていちいち外国語変換とかは、しないのである。
会話する時に大幅なタイムロスになる!
リスニングの時も同様。外国語は外国語のまま理解するのが良いと思う。
そういう訳で外国語を話す時は外国語脳。
これをやると話す外国語によって人格が変わるようになる。
語学とは面白いものである。
話せるようになるにつれて、脳みそを開拓しているがごとし。
たまに「英語、韓国語が分からなかった時って、どんな感覚だったっけ?」と考える。
そして思う。
外国語に慣れるというのは例えば。
私たち関東人が関西弁を話すくらいの感覚で浸透している。全身に。
だから英語、韓国語が分からない時の状態は・・・目が覚めていない状態、もしくは統一された人格の中にいる状態?かなあ
関西弁の感覚とは実際違うし。脳全体の思考を変えているので。
こんな感じで私は語学に哲学する(笑)惚れているのである。
ちなみに韓国ドラマの影響で最近イラッとすると「チッチッチッチ」って舌打ちしてしまう事がある!(泣)
その文化に、のめり込みすぎた時の弊害である!(笑)