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幸せになる勇気

アドラー哲学では、一体どういった方角から
幸せとは

について、語ってくれるのかと…手に取りました。





自立… あなたは他者の期待を満たすために生きてるのではない。他者もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではない。

相手を尊敬、尊重するとは
日頃の些細な言動に目を向け、その人の関心ごとに注目し、共感を寄せていく。

アドラーは縦→横の関係を貫く
誰とも競争しない、勝ち負けもない、他者との間に知識や経験、また能力の違いがあっても構わない。学業の成績、仕事の成果に関係なく、すべての人は対等であり、他者と協力することにこそ共同体をつくる意味がある。

承認欲求にとらわれた人間は、他者から認めてもらうことを願うあまり、いつの間にか他者の要望に沿った人生を生きることに(他者の人生を生きることになる) 「あの人」の期待を満たす生き方を選んではならない。

「特別」でなくてもいい、優れてなくてもいい

人と違うことに価値を置くのてはなく、「わたしであること」に価値を置く


人間の価値は、どんな仕事に従事するかによって決まるのではない。その仕事に「どのような態度で取組むか」によって決まる。
分業の関係においては個々人の「能力」が重要視される。
企業の採用にあたっても能力の高さが判断基準になる。
しかし、分業をはじめてからの人物評価、また、関係のあり方については能力だけで判断されるものてはない。
むしろ「この人と一緒に働きたいか?」が大切になってくる。
でないと、相互に助け合うことはむずかしくなります。

原則論から言えば、仕事によって認められるのは
あなたの「機能」であって、「あなた」てはない。
より優れた機能の持ち主が現れれば、周囲はそちらへなびいていきます。
結果、いつまでも競争の渦から抜け出せず、所属感を得ることもないでしょう。

→他者に「信頼」を寄せて、交友の関係に踏み出すこと。
仕事に身を捧げるだけでは幸福を得られないのです。

まずは目の前の人に、信頼を寄せる。
目の前の人と、仲間になる。

われわれにとっては、何でもない日々が試練であり
「いま、ここ」の日常に、大きな決断を求められているのです。

多くの大人たちもまた、自分の弱さや不幸、傷
不遇なる環境、そしてトラウマを「武器」として、他者を
コントロールしようと目論みます。
心配させ、言動を、束縛し、支配させようとするのです。

「この人はわたしを愛してくれるのか?」しか
見ていないわけです。
相手のことを見ているようで、自分のことしか見ていない。

隠し持つ子ども時代を直視し、刷新しなければならない。


愛するとは、決意であり、決断であり、約束である。

運命とは、自らの手でつくり上げるものなのです。
運命といえるだけの関係を築きあげるのです。

ひたすらダンスする💃🕺

愛する勇気=幸せになる勇気

他者を愛することで、自己中心性から解放され
他者を愛することによってのみ、自立を成し得ます。
そして、他者を愛することによってのみ、共同体感覚にたどり着くのです。

 私たちの単位を知る。

以上 備忘録を兼ね 本文より抜粋 --

他者と繋がることは愛なのだ
自分から近づく、心を開く
自分から愛する(信じること)

自分の心地よさを自ら構築し選んでいく

 いわば、 視点の掛け替え

当たり前のようでいて、あたりまえでもなく
昭和世代にとって...
親子関係を経る過程で創り上げること
この、子→大人へ変化することは良環境下で育てば
シフトはスムーズかもしれないけども
大抵はそうではないので
意識して、創造していくんですね。

改めて、再読してみると拾えるところがありました。