TAR
女性指揮者の実力と共に名声、富を
手に入れ
女帝の様に堂々と存在し活躍する姿
それと裏腹に、
SNSやマスコミに中傷や誹謗の書込みも。
純粋な音楽性、芸術論は少し難解で
インタビューや講義風景があり
指揮者という立場からの一面かもしれません。
TARの伝えたい、音楽性は
純粋なものだったはずだ
心の支えとなっているものは、昔から
憧れている名曲、作曲家のことば。
頂点に登り詰めた彼女は、
悪目立ちしたのだろうか。
楽団や生徒から、SNSで拡散される姿は
陰謀なのか?
加害者なのか被害者なのか‥
表現者としての、主観の強さゆえなのでは。
現代らしい、発言、行動一つで
失脚にも裁判にもころがる破滅。
表現の自由度は、日本より
海外の方が広いようだけど
人の心の痛みに気づけない、一方的な主観
トップダウンばかりのやり方、
優遇の偏りには
万国共通に、非難の的のようだ。
音楽家だから、耳がいいのか
繊細な心を描いているのか
常に小さな音に敏感な生活を送っている。
全体をみてコントロールする傍ら
優しさよりも、冷たさがフォーカスされ
冷酷にうつり
崩れていく姿には吐きけすら伴なう。
簡単に人のことをタレ込む前に
自分の行動を見直し
大切なモノ、コトを大事にしていこう。
皆、それぞれの主観で沙汰している
芸術に評価はつけにくい。
音楽は、神へ捧げる祈りであった。
いわば、ことばの代わり魂なんだと思う。
人と自分が同じように見えても
近い感覚なだけで、同じはない。
また、全く相入れないくらい異なる人もいる。
それは、新しい感覚を知るチャンス。
何も摘み出さなくてもイイではないか。
若いとき、SNSなど繋がりの場を
強く意識できる時、
人は強くなったように錯覚する。
けれど、所詮は人は1人
多勢に無勢で、個を悪目立ちに
フォーカスさせていく使い方には
注意を払いたい。
陰でコソコソ噂して、共有し合いながら
笑われるだけでも気持ち悪いものなのだから。
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