力まない | *きらきらなないろ




力まない


を読みました✨




座禅の目的は新しい何かを加える

のではなく、身につけていた

余計な力を抜くこと。



人生もそう

ムダな力を肩から抜く

ときには押すよりも引く力を優先させる


背伸びや気負い、

こだわりやとらわれから自由になる。


自然体で事に臨む

身の丈のまま素直にふるまう。



つまり、大切なのは力に力で

対抗しようとするガチンコの対決思想でなく、

押してくる力を「引く」ことで

受け流す柔構造の発想です。


私たちは押す力には、

つい押し返す力で対抗しようとしますが、

押す力には引く力で

対応した方がうまくいく

ことも世の中には多いのです。

(手に負えない問題、考えてもおいそれと

見つからない問題。そういうものには

正面から対峙するよりも、いったん棚上げする、放っておく、やり過ごす。

そんな脱力的な対応をしたほうがいい解決策が見つかることもあります)




▷心

心にはそもそも形がないのに、

折れたり、キレたりするわけがありません。


巻きすぎた弦のように、目いっぱいの

テンションでぎりぎりまで

張り詰めているから、些細な力や

刺激によってぷつんと切れてしまう。


だったら、ゆるめればいいのです。

弦に多少ゆるみがあれば、

少々の力や衝撃では切れません。

心もゆるめれば、それだけ耐性が増します。


不安もそうです。

いつの時代の、いつの人間にも

変わらずつきまとっているのです。

不安に完全な妙薬などありません。

人の口からは、絶えず

「どうしたらいいのか」という問いが

発せられますが、答えが与えられるものは

はるかに少ないのです


どうしたらいいか。答えのないもの、

解決策の見つからないものは

とりあえずうっちゃっておくのが

いちばんいいのです。


抱えきれないものは、手放してしまえばいい。


心を軽く保ちながら浮いて待っていればいい。




▷バランス

力の入れどころと抜きどころを見分け

使いきることが大切だということです。


緩急や強弱や硬軟のバランスをとふことの

重要さといってもいいでしょう。

禅においても、このバランスというものは

とても重要視されています。


(押すとき、引くとき。上がるとき、下がるとき。入るとき、出るとき。手につかむとき、手放すとき。流れるとき、とどまるとき。前進するとき、後退するとき。)振り子のイメージでバランスをとりながら思考すること。




▷独楽

あることに余念なく気を集中させていると、

それ以外のよけいなものが消えて

無に近い状態が現れます。

その一心こそがすなわち無心なのでは

ないでしょうか。


背伸びも気負いも、

こだわりもとらわれもない、

あるがまま、素のままの

自然体で存在しなさい、

ふるまいなさい。


力むことなく聞こえてくる音に

自然に耳を傾け、

見えてくる景色を素直に見なさい。

そんなふうに教えているのです。



それが最良の生き方。







人は本来無なのだ

"何もない" けれど、

生まれ死んでゆく。


しかし、その意味のない生き方も

生き方しだいで価値あるものに

することはできます。


ただ、生きていく。

それだけでも人間は十分

すばらしいものです。




お釈迦さまは、

「自分が幸せになりたい」

   ↓

「他を幸せにしたい」

に、自から他へ転じたのだ。


私たちの目や耳は本来他に向いている

自分以外のものを見

外の音を聞くようにできている。


にもかからずふだん私たちは、

自分の都合で物を見、音を聞いているのだ。


それを本来の形に戻すのだ。


そのためには力みがあってはいけない。

息を吐き、

肩の力を抜いてみよう。






-備忘録だけど、イイこといっぱい

書いてある。人生の指針って、

たまに振り返るといいよね。-


何かこのblogにたどり着いた人にも

小さなことでも拾えるものが

あったならいいですね。




悲しみは、誰の胸にもあります。

不安も、誰の胸にもあります。



ですけど、フォーカスするもの心を

  転ずれば❕


心の中を占める想いを

  転ずれば❕


どうにもならないコトは、笑って

うっちゃい投げておけば❕


変化は訪れる

良きことに転じてくるでしょう✨




そう、信じて。




落ち着く音、教えて!

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