この先にあるもの
1年振りにオーストラリアから帰国した友人と再会する。
自分もオーストラリア(ブリスベンとシドニー)には2年程暮らした事がある。
27歳の彼の見てきたもの、やってきた事に興味があったけれども、簡単に言うと、刺激的な話はそれほど聞けなかった。それには時間もなさ過ぎたのかもしれない。
しかし自分だって同じだ。ヒトには聞かせられない暮らしだ。
これから先、どうする――?
2人してどうにも見えそうもない先行きをなんとか語る様は、まるで見えない終着点に向かって無闇に吠えている様な気がして、ただお互いの健闘を祈りあって別れた。
住んでいる場所、持っているもの、着ているもの、食べているもの。確かに自分はまだ一流じゃない。しかしそれだけで判断する人間は三流だ。
自分は一流じゃない、けれども一流を目指している人間だ。報われようが報われまいが、それには見えないこの先に向かって手を伸ばす事だってしなければいけないのだ。

告知
プラチナアート大賞展 10月2日~7日
千代田区一ツ橋の日本教育会館1F、一ツ橋画廊
「思い出の在処」 F3 油彩
自分もオーストラリア(ブリスベンとシドニー)には2年程暮らした事がある。
27歳の彼の見てきたもの、やってきた事に興味があったけれども、簡単に言うと、刺激的な話はそれほど聞けなかった。それには時間もなさ過ぎたのかもしれない。
しかし自分だって同じだ。ヒトには聞かせられない暮らしだ。
これから先、どうする――?
2人してどうにも見えそうもない先行きをなんとか語る様は、まるで見えない終着点に向かって無闇に吠えている様な気がして、ただお互いの健闘を祈りあって別れた。
住んでいる場所、持っているもの、着ているもの、食べているもの。確かに自分はまだ一流じゃない。しかしそれだけで判断する人間は三流だ。
自分は一流じゃない、けれども一流を目指している人間だ。報われようが報われまいが、それには見えないこの先に向かって手を伸ばす事だってしなければいけないのだ。

告知
プラチナアート大賞展 10月2日~7日
千代田区一ツ橋の日本教育会館1F、一ツ橋画廊
「思い出の在処」 F3 油彩
「過ぎた季節」
11日までやっていた「アートの広場展」の一枚を載せておきます。

「過ぎた季節」 F3 油彩
この絵には一つ思い出がある。
あれは去年の10月、この絵を持って自分はとあるギャラリーへ向かった。
そこではある一人の老画家(あえてここでは巨匠とは呼ばない)が個展を開いていた。
自分はその老画家に会う機会をずっと待っていた。
さかのぼる事11年前、自分は今はない東京浜松町にあったギャラリーでの初めての個展を終え、画商のH氏から展覧会評を聞いていた。
そこでベテラン画家というふれ込みのYの言葉を伝え聞いた。そしてそれは自分からしたら到底納得のいかない批評であった。
無論、絵をやっていると様々な批評を受ける。それはアタリもあればハズレもあるのだ。いちいちそんな事に一喜一憂しながら、それでもどこか自分に居所の良い場所にどうにか落ち着かせて前にいくのだ。
が、Yのいう批評だけは自分の知らない暗い、深い場所に落ち込んでいって消えなかった。
11年が経った。偶然ちょっと縁のあったギャラリーからDMが届いて胸が轟いた。
Yの個展がそこでやられるというのだ。途端に復讐の思いが止まらなくなった。
会期の最終日、自分はこれまでの作品ポートフォリオと手持ちで持参出来るこの3号の絵を持って会場に向かった。
ギャラリーの扉を開けたそこに座る老画家の背中を見付け、この男が、Yか、と思うとかっと来て、
「おい、この野郎」といきなり言いたかったが何とか抑えてつけて、代わりに
「すみません、Y先生ですね?」と声をかけた。そして、自分の絵を見て欲しい、と。
なるほど長い間教師をしてきたというだけある、身のこなしが堂に入ったものだ。どれどれ、等と眼鏡を光らせた積もりになって自分の持参したポートフォリオをペラペラ捲る。その姿を見下ろしながらこの老画家の言葉はもう右から左へ流れる。言う事がまるで白々しい戯言だ。
会場内のYの作品群を見渡す。実のところ、ここに来るまである期待と不安を同時に自分は持っていた。
Yの絵が良かったなら、どうだろう?いや、良い画家に言われたのなら、11年前に言われた事も受け入れられるし、くやしい気持ちの置き場所は知っている。
が、売り絵にしたってこの酷い感性はどうだ?いや、100歩譲ってテクニカルな面だけ切り取ってみる。しかしこれもどうだ、どこも見れる箇所がない。
おれはこんな奴に言われた事に縛られて11年もの間歯軋りしてきたのか。
途端に自分の11年間がぼろぼろと虚しく消えていくのを感じた。
いくら罵っても消えてしまった年月は取り戻せない。

「過ぎた季節」 F3 油彩
この絵には一つ思い出がある。
あれは去年の10月、この絵を持って自分はとあるギャラリーへ向かった。
そこではある一人の老画家(あえてここでは巨匠とは呼ばない)が個展を開いていた。
自分はその老画家に会う機会をずっと待っていた。
さかのぼる事11年前、自分は今はない東京浜松町にあったギャラリーでの初めての個展を終え、画商のH氏から展覧会評を聞いていた。
そこでベテラン画家というふれ込みのYの言葉を伝え聞いた。そしてそれは自分からしたら到底納得のいかない批評であった。
無論、絵をやっていると様々な批評を受ける。それはアタリもあればハズレもあるのだ。いちいちそんな事に一喜一憂しながら、それでもどこか自分に居所の良い場所にどうにか落ち着かせて前にいくのだ。
が、Yのいう批評だけは自分の知らない暗い、深い場所に落ち込んでいって消えなかった。
11年が経った。偶然ちょっと縁のあったギャラリーからDMが届いて胸が轟いた。
Yの個展がそこでやられるというのだ。途端に復讐の思いが止まらなくなった。
会期の最終日、自分はこれまでの作品ポートフォリオと手持ちで持参出来るこの3号の絵を持って会場に向かった。
ギャラリーの扉を開けたそこに座る老画家の背中を見付け、この男が、Yか、と思うとかっと来て、
「おい、この野郎」といきなり言いたかったが何とか抑えてつけて、代わりに
「すみません、Y先生ですね?」と声をかけた。そして、自分の絵を見て欲しい、と。
なるほど長い間教師をしてきたというだけある、身のこなしが堂に入ったものだ。どれどれ、等と眼鏡を光らせた積もりになって自分の持参したポートフォリオをペラペラ捲る。その姿を見下ろしながらこの老画家の言葉はもう右から左へ流れる。言う事がまるで白々しい戯言だ。
会場内のYの作品群を見渡す。実のところ、ここに来るまである期待と不安を同時に自分は持っていた。
Yの絵が良かったなら、どうだろう?いや、良い画家に言われたのなら、11年前に言われた事も受け入れられるし、くやしい気持ちの置き場所は知っている。
が、売り絵にしたってこの酷い感性はどうだ?いや、100歩譲ってテクニカルな面だけ切り取ってみる。しかしこれもどうだ、どこも見れる箇所がない。
おれはこんな奴に言われた事に縛られて11年もの間歯軋りしてきたのか。
途端に自分の11年間がぼろぼろと虚しく消えていくのを感じた。
いくら罵っても消えてしまった年月は取り戻せない。