今年も横浜西(よこはませい)のブログを読んで下さった皆様誠に有難うございました。私のブログは、その日その時の気分で書いているので、何時更新するのか自分でもわかりません。続・大陸見聞録も現在連載中のものよりも、新しいものを書いている途中ですが、それがいつ頃更新可能なのかは気分次第なので不明です。興味のある方は時間を気にせずにお待ちください。

 

 

東南アジアの反華感情は日本人には理解しにくいが、それは長い歴史の中で育って来たもので、即刻解決出来るものではない。そんな中でも泰国(タイ)は昔から親華的な国柄で、現代でも中国人旅行者を一早く受け入れた国の一つである。一般に泰華人はタイ語を話していることが多い。全体で6%程度の泰華人の特徴は圧倒的に潮州人が多い点であり、その理由はタイ王朝設立の歴史と深い関りがある。世界史的な視野で観れば他民族が他国の王朝に関わったり、建国に外国人の力を借りるのは別に珍しい事でもない。そして、潮州人自体が大陸人口よりも海外人口が多いという特殊な民族でもある。      続く

 

 

3年前から毎年必ず訃報が届くようになりました。自分自身がそれだけ歳を重ねたということなのでしょう。以前、某大学の市民講座で一緒に中国語を学んでいたおじさんがいました。偶然、二人とも横浜市西区の出身でお互いの地元がすぐ近くでした。現在、通っている中国語の学校へも一緒に見学に行きました。かなり長い間一緒に中国語を学んでいたのですが、そのおじさんが体調を崩されて、暫く学校を休学されていました。その間もメールや季節の挨拶などでお互い連絡を取り合っていました。そんな状態が4年ぐらい続いていたのですが、3年前の夏に暑中見舞いを差し上げたのですが返事が頂けませんでした。恐らく具合が悪くて入院されているのだろうと思っていたら、晩夏の頃奥様からお電話を頂きました。私が丁度、暑中見舞いを出した頃に他界されたそうです。ご自宅に伺って仏壇に手を合わせたかったのですが、ご本人とは面識がありますが、ご家族とは一面識もありません。顔も知らない人間に家に尋ねて来られてもご家族の手を煩わすだけだと思い、喪中お見舞いとしてお線香をお送りしておきました。享年80歳程です。

一昨年には、シベリア抑留経験者の父親が他界しました。存命ならば今秋で100歳でした。

昨年は21歳の頃知り合って大変良くして下さっていた奥様が他界されました。子供の頃から今までずっと、私のことを理解してくれる人は稀なのですが、その奥様はとてもよく解ってくださいました。やはりメールや季節の挨拶などでお互いに連絡を取り合っていたのですが、他界される2年程前から音信不通になり、恐らく具合が悪くて入院されているのだろうと思っていたら昨年末、お嬢様から訃報が届きました。やはりご自宅に伺って仏壇に手を合わせたかったのですが、その為にご家族の手を煩わせても恐縮なので、喪中見舞いのお線香をお送りしました。すると数日後、お嬢様から挨拶状と一緒に数年前に他界されたお父様(奥様の旦那様)が大好物だったという虎屋のミニ羊羹が送られてきました。挨拶状の最後にお嬢様の自筆で「心温まるお手紙ありがとうございました。仏前に供えさせていただきました。」と書かれていました。私はそれを読んで、あの奥様が仏壇の向こうで「まあー横浜さん、あの人らしいわ」とほほ笑んでいるのが見えました。享年82歳でした。

今年は何処からも訃報は届かないと思っていたら、やはり来ました。私が19歳の時に知り合った当時40歳の女性です。社交的で友人・知人のとても多い明るく元気な人でした。自分で海外ツアーを企画して、胡志明(ホーチミン)や上海など私も参加させて頂き一緒に旅行しました。お便りをさしあげるといつも、素敵な絵葉書に記念切手を貼ってお返事をくださいました。しかし、2年程前から連絡が来なくなり、具合が悪く入院されているのかなと思っていたら先日訃報が届きました。私は元々自分よりもずっと年上の知り合いが多いので皆、西方へ旅立つ年齢になっているのだと思います。ですが最近は、法政の学友を含めて自分よりも若い知り合いが増えているので、来年はもう訃報は届かないかな?と、思っていますがこればかりは自分の意志では決められず、天意に従うばかりです。