更に奈良仏教の特徴として注目される点は、罪と一口に言ってもその加害者と被害者の立場の違いにより、その罪と罰の重さにも違いが現れる点である。例えば、前述の子供の親不孝に対する罪は必ず仏により処罰される。そして、その罪は仮に親が子供を許したとしても、仏の罪を免ぜられることは有り得ず確実に罰は下されるのである。(奈良仏教と平安仏教 3 参照)これに対して親側の罪、具体的には育児放棄・幼児虐待なども仏の罪として罰が下されるのは当然である。だが、もしも親がその罪を充分に認め、反省・謝罪をして、功徳を積んだ上で子供が自己確立した後に親を許したならば、親の罪は許される。そこから見い出せる事は、親は子供がいなかったとしても親自身が滅び去ることはない。だが、子供は親がいなかったとしたならば、子供もまたこの世に存在することは絶対に有り得ないのである。              続く