唐は吐蕃(現・西蔵)に公主(皇帝の息女)を降嫁
させたが、吐蕃などの周辺諸国を自国と対等に
考えていたわけではない。あくまでもこの世の
中心は漢人の住む中原であり、それ以外つまり
中華以外は南蛮・北荻・西戎・東夷全て野蛮人の
住む化外の地であるとの中華思想の華夷秩序が
その根底にはあった。
そして中華の皇帝が周辺民族の首長をその地域
の国王に封ずることにより、官職・爵位を通して
中華と周辺民族との上下関係が維持される形と
なっていた。この上下関係は、さく封体制と呼ばれ
るもので東南アジア地域にも用いられていた。
続く

