更に印度文字を変化させて西蔵文字を作成
するに至った。この点は西夏国が漢字を変化
させて独自の西夏文字を作成した過程と
類似点が感じられる。
こうした西蔵の動向に対して唐では、604年
にソンツエン・ガンポに公主(皇帝の娘)を降嫁
させて懐柔している。この公主があの有名な
文成公主である。当時は勿論鉄道や飛行機は
無く、長安から陸路で3年かかって西蔵へ
入ったとされている。
この文成公主の降嫁に拠り唐世界大帝国の
高い文化が吐蕃(現・西蔵)へ伝わる大きな
契機となった。文成公主とソンツエン・ガンポは
祖父と孫ほど年齢が離れており、懐柔政策の
為だとはいえ文成公主の嘆きは如何ばかりの
ものであっただろう。 続く

