大陸では文化大革命の10年間の間にずっと
人間は皆平等であることを常に強調してきた。
その事自体は正しいのだが、それを強調する
あまりに、高齢者も若者も対等の立場であるの
だから敬語を使うべきではない。とか、職業に
よる貴賎はないのだから知識人・文化人にも
頭を下げる必要はないし、挨拶もしなくてよい。
などという概念が確立されてしまった。この様な
状態をはたして平等と呼ぶべきなのか?
私には本末転倒としか思えないのだが?
現在、大陸の共通語である普通話からは敬語が
消滅してしまい、特に北京を中心とする北方では
敬語の意味を知らない若い世代も現れた。
ところが、何とも皮肉なことに英国領であった
香港で話されている広東語には古代中国語の
要素を色濃く残す複雑な敬語が今でも話されて
いる。
日本人が中国語を学ぶ場合、入門の段階では
共通語の発音が難しく感じるが、広東語の発音は
比較的簡単に感じる。だが、段々と学習が中級へ
と進むにつれ共通語は敬語の使い方を学ばなくて
すむのに対して広東語の複雑な敬語の使い方が
理解出来なくなる側面がある。
ところで、面子が潰れるのを避ける為に絶対に
自分の非を認めないのは大陸人全体に見られる
傾向ではある。西蔵(チベット)や新疆とは異なり
朝鮮族Cのような都市部の少数民族はかなり
漢化が進行しているらしい。 終わり

