中学二年になった時には、俺にはほとんど敵はいなかった。
柔道をしていたおかげで、腕っぷしには多少なり自信があったし、それなりの地位もあったからだ。


この時の天童三中には2つの派閥があった。

俺の兄貴分の木村純が頭の【木村派】

柔道部の主将の後藤田(でん)が頭の【後藤派】


まぁ結局のところ、柔道部が天童三中を仕切っていたという事になる。

俺はもちろん木村派だったが、後藤田が怖くて逆らえなかった。

ただ、派閥はあったが木村派と後藤派の関係は良好ではあった。


木村派には

☆庄司雅則 二年

俺の幼稚園からの親友で、喧嘩はめちゃくちゃ弱いが、人望の厚さと頭のキレで、後の天童三中の頭になる男。

☆太田敦敏 二年

俺の小学校からの友達で、喧嘩がめちゃくちゃ強く、普段はおとなしいがキレると手がつけられなくなる。
一年の頃から金髪で、耳には0Gのピアスを付けていた。

☆村上雄飛 二年

俺の小学校からの友達で、二年では一番喧嘩が強かった男。
中学時代の雄飛は、最強で最恐。

と俺がいた。

三年の木村純と二年の4人が中心である。


なぜ三年が居ないかというと、三年にはあまり不良がいなかったからだ。

後藤派も不良の集まりではなく、後藤田を中心としたスケーターの集まりみたいな感じだった。


天童三中は上下でのイザコザはあったが、平和だった。


しかし、平和なのもつかの間、ある事件が起きた。

天童一中の不良達が三中に殴り込みに来たのである!
部活の柔道のほうでは、一年生ながら地区大会では一位になり、なかなかの成績を収めた。
団体では、先輩達が県大会で優勝して、福井県で行われた全国大会に出場した。


一年生の終わりの頃には、人生初めての彼女ができたが、付き合い方がわからず一週間で破局してしまった。笑
カツアゲされた事は、もちろん学校には言わなかった。

理由は2つ。

シンプルに怖かったのと、報復は自分の手で!と思ったからだ。


不良になるにも、何をしたらいいのかわからなかったが、とりあえず不良達の服装を真似してみた。


その当時(平成11〜13年ぐらい)は、IWGP(池袋ウエストゲートパーク)とかジャパニーズヒップホップ(ZEEBRAなど)とか、いわゆるB-boyみたいなのが流行りで、ギャングファッションが不良達の主流だった。

中学一年の俺には金が無かったので、兄貴分の純君のお下がりなどを安く譲ってもらったりした。

FUBU
KARL KANI
ROCA WEAR
SEAN JOHN

大体の不良達はこのどれかのメーカーの服を着ていた。


俺が中学生の時はカラーギャング全盛期で、仲間内で同じ色の服装で揃えて幅を利かすのがカッコいい時代だった。

俺と友達は青色が好きだったので、ブルーギャングになった。
ちなみに純君はレッドギャング。
まぁカラーは違っても仲間は仲間だけどね!


よし!まずは形からだけど、不良に近づいたに違いない!

帽子は斜め被り!
眉毛は細く、斜め上に一直線!
首にはゴツめの金ネック!(金メッキ)
上着はダブダブ!
ズボンはとことん下げて!
靴はNIKEのAIR FORCE ONE!


って気合いが入った頃には、いつのまにか三年は卒業していて、俺は二年生になってましたとさ。


中学二年編へと続く!