私はよく
言ってもわからないけど、、
この言葉を使ってた悲しい

話してもわかってもらえないって
さみしくなるときがある
人として、とても自然な反応だよ

でも、
ここで無意識に出てくるのが
わたしの口癖。
「言ってもわからない」

表層は諦め、遠慮

深層はわかってほしい切実


この状態で言葉を飲み込む


私はわかってる

あの人はわからない


わたしの心の中だけで成立するんだ


これって

見下し合いの世界なんじゃなかろうか


相手を下げているというより、

自分の真実を引っ込めている

と言うこと


責めることじゃなくて

私なりの守り方だったんだ


理解されなくてもいい

諦めとか開き直りじゃなくて

責任の位置を戻してるだけ

責任の切り分け


私が伝えることで

受け取る相手のタイミングで

反応して気づくときが来る


私が飲み込んで

遠慮してたら

相手は反応する機会すら持てない

そのタイミングすら来ない


伝えるのはわたしの責任なんだ

でどう反応するかは

相手の身体とタイミング


ここを分けたら

押しつけみたいな感覚もなし

遠慮もなくなって

見下しがなくなる

わかる、わからない
できる、できない
戦わないじゃんラブラブ

境界線の正体

わたしが思ってた境界線は

「線を引いて、分ける、遮断する」
本当は違った

境界線
『私はここに立って感じています』という“位置”

音譜私は私の身体の中にいる
音譜私は私の人生を生きている
音譜あなたの出来事は、あなたのもの

 「境界線がない共感」
     ↓
相手の感情が自分の中に流れ込む
助けなきゃ、背負わなきゃになる
自分の人生がどこかに行く
これは
共感じゃなくて「同一化」
わたしはこれやってた

境界線がある共感
    ↓
「感じている」けど「持たない」
胸は動くけど、足は地面についてる
相手の人生を尊重する

私はここにいる(立ち位置)
相手を見る・聞く
胸が動いて共感が起きる
でも、戻る場所がある

最初から「わたしはわたし」
立ってる

今までの私は
境界線=冷たい
境界線=突き放す
境界線=残酷
って無意識に思い込んでたガーン

でも本当は真逆で
境界線がないほうが、
残酷だった

なぜなら
相手の人生を奪ってしまうから。
自分の人生も失ってしまうから。

無意識にやってた私


「相手と一緒にいても
私は私に戻れる」

境界線を持った優しさ
わたしも相手も尊重できるラブラブ

父親に言われた言葉に

カッチーンムキームキー


「余計なことするな」

なになに

なんですとーーーームキー

私がやった事をそんな風に

言いやがってむかつき


この怒りが出てきた時

ホントの私が発動中のサイン

攻撃じゃなくて

自分を守る力


父親の言葉は単なるきっかけ

ほんとに反応してるのは

私の記憶の傷なんだ


余計なことばかりしてしまう

どうせやっても認められない

ここに触れてるから

痛いんだ😔

触らないでこれ痛いよ

内側の防御反応で

守ってくれてる

だから

ちゃんと怒りとして出るのは

大事なことでもある


「余計なことするな」

  ↓

また役割やってるよ

勝手に役に立とうとしなくていい

相手は求めてないよ

それあなたには重すぎるよ

って言ってくれてる

核心だから

ホントのことだから


役に立つ私=存在していい私

余計なことしなくていい

私がなんとかしなきゃ

助けたい力になりたい

誰かを守らないと

私は安全じゃない

生き残れない

そこに自分の存在価値を置いてた


じゃ私は何者として生きたらいいの?

私を一番にした瞬間

だれも守れなくなる

だれも助けられない私は

存在していいの?

恐怖で仕方ない

泣けてきて泣けてきて

そんなのでいいの?

役割で生きてきたから

それが愛されるって思い込んでた

自分を大事にするってことが

命の危機だったんだよ



役に立つ私=存在を許される私

役に立たない私=消えてしまう私

自分を守るために全力で生きてきたんだ


私が背負う必要ないし

そんなに頑張らなくて大丈夫だったし

私の優しさはもう充分伝わってる

限界超えてるよ

もう役割手放していいよ〜

こう言ってあげたら

ホッとした照れ照れ


ホントは今何したい?

奥の奥の方が痛い

痛くて痛くて

涙が溢れてくる

ただ泣きたい

おもいっきり泣きたい

お風呂の中で

泣いて泣きまくった

スッキリしたし

脱力でぼーーっとする

ほーーーーっニコニコ


なにもしない

誰かのためにも動かない

ただ呼吸して存在してるだけ


役に立たなくても

存在していい世界

知らなかった世界

新しい世界の入り口ラブ



朝カフェに行ったコップ


カフェに行く前に

いろいろ調べて決めたんだ


でも

なーんか居心地がいまいち

寒いし

店選び失敗だ

選んだ自分を責める


間違いを許せない私が反応


昔からある古いパターン

間違う→責められる→怖い

この記憶で固まってる

だから

選択肢が増えるとフリーズする



✔ 失敗したら価値が下がる

✔ 間違えると責められる

✔ 正解を選ばなきゃいけない


これがある限り、

どんな小さな選択でもしんどい

だから選びたくない


間違えた私が怖いんじゃない

間違えたって感じる痛みに触れたくない

その痛みが怖かっただけ


★「間違いはダメ」 → 「間違いも経験」

★「正解を探す」 → 「今日の自分に合うを選ぶ」

★「失敗の証拠」 → 「自分を知るデータ」


私の人生はテストじゃないんだ

“選んで・感じて・調整するゲーム”

それを楽しむために体験してる

地球は体験の星ほし星


「よく選んだね、来ただけで最高」

結果がどうでも、

プロセスを褒める


「寒いって気づけた私、

私ししか感じてあげられないことだよ

不快に気づいてくれてありがとう」

不快に気づけた=自分を大事にしてる


「この選択、確かめる実験だったね」

失敗じゃなく(データ集め)


「合わなかったってわかっただけで価値ある」

合わない体験=次の選択のヒント


「戻ってもいいし、違う店に行ってもいいよ」

選び直し=自由


私は選んでいい。

どんな選択も、

私という宇宙を深く知る旅になる。


迷ってもいい

不快でもいい

間違えたと感じる瞬間でさえも、

どれも “失敗” ではなくて、

私の真実に近づくためのサインなんだ


不快も、混乱も、揺れも、

ぜんぶデータ。

ぜんぶ宝物。

選んだ瞬間、私はすでに尊い。

結果じゃなくて

動こうとした私

感じようとした私

その全部私を抱きしめていく


だれかに言ってほしかった言葉たち

それを自分が自分に言う 

味方でいられる私


迷ってもいいし

間違ってもいい

どれを選んでも私を知るデータになる

選んだ事実がもうすでに尊い

経験したかったから経験しただけ

味方でいると

選択の正解、不正解って

関係ないんだな〜ラブラブ



木に登って

必死に木を揺らして栗🌰を

落としてる人を見て私は


「うわ〜必死過ぎて怖い、恥ずかしい」


って心の中で思ったんだ


これって

外側の風景でもあり、

内側の私の姿なのかな

これがわたしかーー


そうなんだ

私生きるのにこんなに必死に

頑張ってたんだって

思ったのと同時に


そーだそーだ

もっとこの瞬間を

必死に欲深く

生きていきたいんだ


キャッキャして遊びながら

遠慮なく

大胆に周り気にしないで

生きていきたいんだ

堂々とやっていいんだ


その必死さが

「可愛らしく飛び出すハート

「愛おしく」

見えてきたの

すごく大きな変化だったよ


それまでは

その必死さ欲深さが恥ずかしいって

感じてたけど、、、


それを許可して

受け入れたことで

その人のこと


「あぁ、あんなに真剣に生きてるんだ」

「宝物に夢中な子どもみたいで可愛い」


私が世界基準だ


外側の出来事、他人はただの風景

その風景を私が

どう感じるか

どう見るか

どう味わうか

どう捉えるか

それはぜーんぶ

わたしが自由に選択できるってこと


嫌なことが起きないように

するんじゃなくて

我慢するんじゃなく

不要な条件つきの愛で見てる

私の思い込みを

世界への味方を変えること

これがわたしがすること

そーだそーだ

喜びの方を選ぼう✨️


朝の散歩して

秋の空を見上げ、秋の風を感じて

たまらなく最高に至福の時間ラブ



私は、欲深いそれは生命力の証

私はフルパワーで生きる

光は宝物を見つける探知機のように

周囲を照らす

見つけたらにっこり笑って手に取る

くつろいで宝物を味わうラブラブ