朝カフェに行ったコップ


カフェに行く前に

いろいろ調べて決めたんだ


でも

なーんか居心地がいまいち

寒いし

店選び失敗だ

選んだ自分を責める


間違いを許せない私が反応


昔からある古いパターン

間違う→責められる→怖い

この記憶で固まってる

だから

選択肢が増えるとフリーズする



✔ 失敗したら価値が下がる

✔ 間違えると責められる

✔ 正解を選ばなきゃいけない


これがある限り、

どんな小さな選択でもしんどい

だから選びたくない


間違えた私が怖いんじゃない

間違えたって感じる痛みに触れたくない

その痛みが怖かっただけ


★「間違いはダメ」 → 「間違いも経験」

★「正解を探す」 → 「今日の自分に合うを選ぶ」

★「失敗の証拠」 → 「自分を知るデータ」


私の人生はテストじゃないんだ

“選んで・感じて・調整するゲーム”

それを楽しむために体験してる

地球は体験の星ほし星


「よく選んだね、来ただけで最高」

結果がどうでも、

プロセスを褒める


「寒いって気づけた私、

私ししか感じてあげられないことだよ

不快に気づいてくれてありがとう」

不快に気づけた=自分を大事にしてる


「この選択、確かめる実験だったね」

失敗じゃなく(データ集め)


「合わなかったってわかっただけで価値ある」

合わない体験=次の選択のヒント


「戻ってもいいし、違う店に行ってもいいよ」

選び直し=自由


私は選んでいい。

どんな選択も、

私という宇宙を深く知る旅になる。


迷ってもいい

不快でもいい

間違えたと感じる瞬間でさえも、

どれも “失敗” ではなくて、

私の真実に近づくためのサインなんだ


不快も、混乱も、揺れも、

ぜんぶデータ。

ぜんぶ宝物。

選んだ瞬間、私はすでに尊い。

結果じゃなくて

動こうとした私

感じようとした私

その全部私を抱きしめていく


だれかに言ってほしかった言葉たち

それを自分が自分に言う 

味方でいられる私


迷ってもいいし

間違ってもいい

どれを選んでも私を知るデータになる

選んだ事実がもうすでに尊い

経験したかったから経験しただけ

味方でいると

選択の正解、不正解って

関係ないんだな〜ラブラブ



木に登って

必死に木を揺らして栗🌰を

落としてる人を見て私は


「うわ〜必死過ぎて怖い、恥ずかしい」


って心の中で思ったんだ


これって

外側の風景でもあり、

内側の私の姿なのかな

これがわたしかーー


そうなんだ

私生きるのにこんなに必死に

頑張ってたんだって

思ったのと同時に


そーだそーだ

もっとこの瞬間を

必死に欲深く

生きていきたいんだ


キャッキャして遊びながら

遠慮なく

大胆に周り気にしないで

生きていきたいんだ

堂々とやっていいんだ


その必死さが

「可愛らしく飛び出すハート

「愛おしく」

見えてきたの

すごく大きな変化だったよ


それまでは

その必死さ欲深さが恥ずかしいって

感じてたけど、、、


それを許可して

受け入れたことで

その人のこと


「あぁ、あんなに真剣に生きてるんだ」

「宝物に夢中な子どもみたいで可愛い」


私が世界基準だ


外側の出来事、他人はただの風景

その風景を私が

どう感じるか

どう見るか

どう味わうか

どう捉えるか

それはぜーんぶ

わたしが自由に選択できるってこと


嫌なことが起きないように

するんじゃなくて

我慢するんじゃなく

不要な条件つきの愛で見てる

私の思い込みを

世界への味方を変えること

これがわたしがすること

そーだそーだ

喜びの方を選ぼう✨️


朝の散歩して

秋の空を見上げ、秋の風を感じて

たまらなく最高に至福の時間ラブ



私は、欲深いそれは生命力の証

私はフルパワーで生きる

光は宝物を見つける探知機のように

周囲を照らす

見つけたらにっこり笑って手に取る

くつろいで宝物を味わうラブラブ





私、

いつも

条件つきをしていたことに気づいたよガーン

はっとしたびっくりマークびっくりマーク


結婚するとき

→この人しかいないから

って条件つき


結婚して幸せなの?って聞かれて

自由にさせてもらえるから

これも条件つき


そうやって自分を我慢させてる

これくらいはやらなきゃ


全方位同じことやってた


パートナーは

写し鏡だから

私と同じ取引してるんだよね


自由にさせてもらってるから

これくらいやらなきゃだよ

何かかえさなきゃ

しっかり家事ならなきゃって

やってた。

心は自由なんかじゃない悲しい


自由させてもらってる

じゃなくて

自由だから

自分のご機嫌は自分でとるラブ

自由だから

自分のタイミングで

ごきげんに気持ちよく働かせてもらえる

ありがたいわーって

なるんだよな


昨日

自分の好きなタイミングで

気持ちよく自分の好きなご飯を

作らせてもらって

なんか、楽しかった

ハッピー照れ照れ


自由だから

お互いハッピーなんだ

罪悪感=罪、悪

これが私の概念だった


でもさ罪悪感って、

自分の「ほんとうの思い」

「ほんとうの願い」に

背いてしまったとき、

自分の真実を生きていないときに、

サインとして現れるんだ



例えば、
人に合わせて無理して笑ったり、
我慢して「いい人」でいようとしたり。
そのときは一見「平和」でも、
心の奥底に
「ほんとはこうしたかったのに…」
という叫びが残っちゃう

そこに罪悪感が生まれる。

本音は魂の声で
私の真実の望み。


・怖れ
・過去のトラウマ
・社会的な条件づけ(〜すべき)
によって押し込められちゃって
望みと反対の行動をしてしまってた

だからそのズレが「チグハグ」感が
苦しみの正体として現れる。

罪悪感=悪じゃない
それは自分に戻るためのサインのようなもの。

ちゃんと自分の内側を見て、
「私ほんとはどうしたかったの?」
「なんでこの行動をとってしまったんだろう?」
って優しく問いかけてあげることで、
望みと一致した行動に変えていける

だから
罪悪感を責めに使うのではなく、
「本当の自分に戻るきっかけ」
になるってことなんだ

それだけで、
罪悪感はもう「敵」じゃなくなるラブラブ
チャンスなんだ

「罪悪感ちゃん、来てくれてありがとう。
いまの私が自分に嘘をついてたって、
教えてくれてありがとう。
私、もっとほんとの自分を生きたい。
だから、あなたの声に耳をすませるね」

罪悪感を超えたところから
選びなおしている
何度でも人生やり直していける愛愛
罪悪感は愛おしい道しるべだね
罪悪感は通過点で
愛とつながるための「扉」だね。

モヤモヤ嫌わず

はねのけず

ただ「来てもいいよ」って言ってあげてた
どこかで降参しますみたいな感じ
モヤモヤが
あってもなくても
どんと来いって太っ腹になった気分ウインク

焦らなくていい
咲かせなくていい
今はただ、根を張るとき
闇も静けさも、すべては光に向かう途中
わたしは、わたしを信じていい

その根は、見えないけれど
確かに、大地とつながっている。
そしていつか、自然に芽が出る。
なにかを「しよう」としなくても、
ただそのまま咲いていく花が、
そこにある✨️

もう、力まなくていい
無理に解決しなくていい

今は頭がガンガン痛いけど
頭さんありがとう。
たくさん考えてくれてありがとう。
もう安心して休んでいいよ。
わたしはもう、
流れにゆだねるって決めたからねラブ